第3回 | ナノ
大人の世界なんていつもそう。至る所から甘い手が伸びてて、下を向けば針山への落とし穴がたくさんある。キラキラ輝いてて、あまりにも曖昧で不条理。そんなものがたくさん詰まった、おもちゃ箱のよう。いや、メリーゴーランドと言ってもいいかもしれない。少しゆっくりめの音楽に頭を翻弄されて、同じところをぐるぐる廻り続ける。それは、まさに麻薬。何も知らない癖に世界を知ろうとした、おもちゃ箱を出ようとした、煌びやかな馬に足を掛けようとした、子供だけが引き込まれてしまう麻薬。

でも、私はもう知っている。その後、その娘がどうなってしまうのか。その瞳に世界をどのように映すのか。私は知っている。だって私も同じ経験をしたからだ。だからもう同じ道には進まない。同じような恋は、二度としない。

「ねぇ、大丈夫?」
「、え?」
「今、すごいボーッとしてたよ」
「…少し、考え事してただけよ」

目線を総司からずらして夜の夜景を見つめた。次々と景色が変わっていく窓の外のネオン。静かに響くBGMとエンジン音。総司が手を滑らしたときのハンドルからする音。その全てが嘘っぽく感じる。今日のドライブは総司から誘われた。でも前回は私から。これは社交辞令という奴だろうか。一体年中無休で笑顔を貼付けているこの男の仮面の下はどうなっているのだろう。嘘っぽい顔をして、嘘っぽい言葉を吐いて。本当に嘘まみれ。でも、これが大人の世界なのだろう。まだ私には分からないけれど。

それなら、いっそ開き直ってみよう。窒息しそうなほど息苦しい世の中にスリルを感じてみよう。どんな生き方で、どんな振る舞い方でやっていけるのか。実験だって挑戦だって何だってやってみたらいい。人間というものを奥の奥まで探ってみたらいい。

あぁ、でも総司。あなたの仮面はもう少し剥がしたくない。あなたの本当の顔を見るのがまだ怖いの。私には笑顔を振りまいていて欲しいの。優しくて甘い言葉だって吐いていて欲しいの。なんて、私はまだまだ子供なのね。新しい世界を見ることも真実を知ることも全部、怖いの。だってあなたに離れて欲しくはないもの。あと少しだけでいいから私の隣にいて欲しいの。私が一人で世界を歩けるようになるまで。

「ねぇ、総司こっち向いて」
「ん、何だい?」

そう、その顔。まるで世の中を全て知り尽くしたような、その顔。その顔に私は惹かれたの。あなたの奥の奥を知りたいと思った。だからキスしたの。全てを分かることは出来ないと知っているから可愛らしく、何かを残してきたように、あなたの頬に。

「、珍しいね。君からなんて」
「そう?でも、こんなのキスじゃないわ」
「はは、相変わらずつれないね。君は」




挨拶と思ってもらえれば


まだ私はメリーゴーランドには乗ってない、はず。




2012.06.04
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