第3回 | ナノ
年がら年中真夏の日差しが降り注ぐ常夏の国、コトワール。自然が広がるのどかな場所、と聞こえは良いがあたしからすればこんなところ、何にもないただのド田舎だ。

だから将来あたしは絶対にここから出ていくと決めている。その為に村の誰よりも勉強し、できる限り外の情報を集めた。あたしの知らない世界で何が起こっているのか、どんな人がいるのかを知りたかったから。

「なまえ!一緒にサッカーしよー!」

「嫌」

「えー!?この前もそう言ってサッカーしてくれなかったのに!?」

「アンタと違ってあたしは忙しいの。もう構わないで」

あたしの村にはサッカー馬鹿がいる。ロココ・ウルパ。どこからともなくあたしの前に現れてはサッカーに誘い、断るたび駄々を捏ねるものだから、結果貴重な勉強の時間が削られていく。あたしはどうしてもコイツを好きになれなかった。

「やめとけロココ。関わるだけ無駄だ」

「それにこのガリ勉がサッカーするようなタマかよ」

「そう思ってるんなら、ちゃんとコイツの躾しといてよね。ホント迷惑してるんだから」

「っ!んだとてめえ!!」

正論を言ったはずなのに何故か怒鳴られた。コイツのチームメイト(名前なんだっけ)はあたしの頭にサッカーボールを投げつけてきた。軽く避けたけど。

「何すんのよ。大事な脳細胞が減っちゃったらどう落とし前つけてくれるの?」

「ごっ、ごめんねなまえ!」

「ロココ!お前が謝らなくても・・・!」

「仮にでもサッカー選手がサッカーボールで人を傷つけるんじゃないわよ。それに女の子に手をあげるなんて信じらんない。男の風上にも置けないわ。太陽に照らされすぎて干からびればいいのに」

畳み掛けるようにまくしたてると、連中は全員口を閉じバツが悪そうに目を逸らした。いい気味だ、あたしはコイツらをギロリと睨んでから踵を返し、帰路についた。

それからしばらくして、あたしは海外へ留学することが決まった。あたしの勉強ぶりを評価した先生がこのままでは宝の持ち腐れ、とあたしに内緒でその学校に推薦してくれていたそうだ。もう先生マジ感謝。

「なまえ、向こうに行ってもしっかりね。先生、娘のことをどうかよろしくお願いします」

「うん、お母さん」

「ご心配いりません。なまえさんは私責任を持って送り届けます」

『おねえちゃんがんばってー!』

「頑張る頑張る。・・・じゃ」

行ってきまーす!お母さんと弟たちに元気よく手を振って、あたしは先生と歩き出した。いつもは暑苦しいだけの日差しも塗装されてないデコボコの道でさえ、あたしを祝福してくれているような気がして気分は最高潮。鼻歌でも歌おうかしら、なんて思ってた矢先、またもやコイツ現れた。

「なまえ!今日こそ一緒に・・・あれ?なまえ、どこか行くの?そんな大荷物抱えて・・・」

「あたし留学するの」

だから今日でアンタとはお別れよ。続けてそう言おうとした瞬間、コイツの大きな瞳から大粒の涙が零れた。その様子にあたしは面食らう。

「いや、だっ!なまえがいなぐなるなんで、ひっく、いやだ・・・いかないで、よお、なまえ・・・っ!」

何を言われてもヘラヘラしてたコイツが。あのロココ・ウルパがあたしの前で泣きじゃくっている。声を上げて泣き続けるコイツには悪いが、こんなことで留学を諦めるわけにはいかない。・・・そう言えば近々サッカーの世界大会が開かれるとかなんとか聞いたっけ、確かその名前は、

「・・・FFI」

「え・・・なん、でなまえそのこと、」

「アンタがその大会で決勝まで行ったら・・・試合、見に行ってあげてもいいけど」

コイツがどれだけ強いかは知らないが、サッカーの世界一を決める大会で決勝までいけるくらいの実力がないと行く意味ないし。今はこう言ってやり過ごそう。そんなあたしの思惑とは反対にコイツはさっきまで泣きじゃくっていたとは思えないほど眩しい笑顔で頷いた。

「決勝まで行ったら、必ず会いにきてねなまえ」

「それまでさよなら、・・・ロココ」

短く別れを交わして、あたしは目を見開くコイツの横を通り過ぎた。思えばその時初めてコイツの名前を読んだ気がする。


〜〜〜〜


長かった闘いを歴て、僕はようやく決勝まで登りつめた。後は日本代表イナズマジャパンをうち倒せば、僕たちリトルギガントは世界一になれる。

巨大なスタジアム、数万人の観客の中で僕はすぐなまえを見つけた。彼女は目が合っても驚くような仕草せず、じっと僕を見つめていた。

僕は来たよ。君との約束通り、世界の頂点へ。

目でそう伝えても、なまえはぴくりとも眉を動かさなかった。冷静に、冷淡に、無感情に僕を見つめていた。

今までにない激戦を制したのはマモルたちイナズマジャパンだった。負けた・・・負けたけど、心は何故か晴れやかだった。全力を出し切って臨んだ試合を悔いる奴なんて誰もいやしなかった。表彰式始まって、ふと視界になまえが席を立って帰ろうとしているのが飛びこんできた。僕はダイスケやリトルギガントの皆、そしてマモルの声を無視して観客席に飛び移り、なまえの腕を掴む。

「待って!!」

「・・・何か用?」

シンと静まったスタジアムになまえの声が響く。僕は何を言えば良いのかわかんなくて、なまえの腕を掴んだまま俯いてしまう。なまえと話したいこと、いっぱいあったのに、いざ彼女を目の前すると喉の奥に引っかかって言葉にならなかった。

「無様ね」

なまえの放った一言にスタジアムがざわついた。表彰式始まってんのになんでここに来てるの?負けたくせにあたしの前に現れないで。こんなことなら試合なんて見に来なきゃよかった。次々と出される言葉の数々に頭が真っ白になって涙が溢れてくる。僕の目尻から涙が一雫零れ落ちた。

「なーんて、言うと思った?」

「・・・へ」

「嘘よ、嘘。あんな試合見せられて本気でそう言えるはずないじゃない。ちょっと考えればわかるわよ」

あっけらかんとしたなまえの態度に僕だけじゃなく、会場の全ての人が拍子抜けした顔になっていた。そんな会場内の微妙な空気を気にもとめず、なまえは自然な動作で僕の右手をとり・・・指先にキスした。誰かが小さく叫んだ音や息を呑んだ声が聞こえてきたものの、僕は今それどころじゃない。指先から伝わる熱が全身を浸食して、熱くて死にそうだ。数秒間、なまえはそうした後、ゆっくり口を離す。

「え、え、なまえ、いいい今なにお・・・」

「アンタ動揺し過ぎ。男ならこれくらいどーんと構えなさいよ。みっともない」

でででもももも・・・っ!黙らっしゃい。なまえは僕の言葉をぴしゃりと一刀両断して、階段差で低くなっている僕の頭をかき混ぜるように撫でくりまわした。

「アンタは負けた。けどこれで終わりじゃないでしょ?けじめとして最後くらいきっちりしなさいよね、キャプテンなんだから」

「なまえ・・・」

「それと、・・・試合すごかった。見直したわロココ、流石サッカー馬鹿ね」

目の前には花が咲いたように笑うなまえ。今まで一度だって見せてくれなかったその笑顔に、僕は胸が熱くなってなまえの首に腕をまわし・・・彼女の口に吸いついた。歓声が上がる。それはさっきの試合よりも大きくて、ずっと優しかった。



褒めてますよ、これでも
(「しんっじらんない!普通あそこでキスする!?」)
(「なまえ、いたい・・・」)
(「お前さんもキスしてたじゃろ」)
(「唇にはしてないじゃない!あたしのはゴールを守った手に賞賛の意を込めて・・・」)
(「っ!なまえだいすきー!!」)
(「ちょっ、締めつけ過ぎ、いたたたた!痛いってば・・・!あー!もうサイアク!!」)
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