第23回 | ナノ
「なまえちゃんって一日練の日、なんか元気だよなあ。」
なんて田中くんに言われてしまうのには、とある理由がある。



烏野のバレー部の練習は、決してぬるくはない。

朝から夕方までの練習は、休憩を挟むといっても選手にとってなかなかにハードで、それに伴って私達マネージャーの仕事も通常練より多くなる。夏は暑さ、冬は寒さとの戦いだし、結構辛い日もある。
それでも頑張れるのはバレー部のみんなを支えるのが楽しいから。

そして、もう1つ。大好きな先輩に会えるからだ。



そんな私が一日練の日に楽しみにしているのはお昼休み。
皆がお昼を食べようと動き出し、お弁当を持って私が座ったのは菅原先輩の隣だ。
潔子さんや仁花ちゃんとくっついて食べることも、二年生同士で集まって食べることもあるけれど、「どうせ普段は一緒に弁当食べたりしないんだし」って菅原先輩が誘ってくれて、最近では一日練のときのお昼は大体先輩の横の席をもらっている。

いつものお弁当だって先輩と一緒に食べると三倍くらい美味しい気がするから不思議。
部活の話やクラスであったことなんかを話しながら食べ進めて、最後に残しておいた卵焼きを大事に飲みこんだところで思い出す。

そういえば今日はあれがあるんだった。


空になったお弁当箱をしまって、続いて私が取り出したのはコンビニの袋。
同じくお弁当を食べ終わった菅原先輩へ、口を開けたスナック菓子の袋を差し出した。

「菅原先輩、これよかったらどうぞ。」

スナック菓子っていっても塩味とかコンソメ味とか、そういう誰にでも愛される味とは異なる。パッケージからして危険そうなこれは激辛を売りにしていて、袋を空けた瞬間からなかなか匂いが強烈だ。

「新商品らしいんです。前のより2倍辛いんですって……!」

へえ、って声を漏らす菅原先輩の目に興味の色。

「じゃあもらうなー。」
って1つとって口に入れる様子を「どうぞ」って答えて見守る。

「ほんとだ、前のより辛くなってる!」

「美味しいですか?」
「うん。結構好みの味。」

それはよかった。無理して言ってくれているようではないからほっとする。そして、私も挑戦してみようか、と1つつまんで口に入れた。

「ーーっ、!」

予想はしていたけれど、舌に触れた瞬間からびりびりと刺激。辛いっていうより痛くて、残念ながら私にはあまり美味しく食べられない。ちょっとずつ慣らそうと努力はしているものの、私はあまり辛いものが得意ではないのだ。

「やっぱりダメ?」

心配そうな顔半分、面白がっている顔半分でのぞきこんでくる菅原先輩に力なく頷くと笑われてしまった。

とりあえずお茶で飲みこんで、菅原先輩にそのお菓子を袋ごと渡して、こうなるだろうと予想して持っていた一口サイズのチョコレートの包み紙を剥いだ。

「もらっちゃっていいの?」
「はい!この前も肉まんおごってもらっちゃいましたし、お礼です。」

お礼なんていいのに、と菅原先輩はちょっとだけ唇をとがらせた。先輩らしいことしたいじゃん、なんて言って冬は肉まん、夏はアイスをときどき奢ってくれる。何か気を遣わせないで受け取ってもらえるお礼を……って考えたうちの1つがこれ。先輩の好きそうなお菓子を買って来ておすそわけ。

でも最近は、お礼っていう本来の理由よりも菅原先輩が嬉しそうに食べている姿を見たいって気持ちの方が強くなっているのは否めない。

お弁当とか合宿中のご飯もそうだけど「うまい」って言ってもぐもぐしているところは何だか可愛らしい。

ちなみに澤村先輩と東峰先輩も一個ずつチャレンジしてたけどダメだったらしく、盛大に苦しんでいる。「もうちょっと辛くてもいいかも」なんて言っている菅原先輩の舌に私もいつか近づけるだろうか。


「あ、俺もなまえちゃんに買ってきたんだよね。」

やっと舌の上の刺激が消えた私に、「今日は一緒にお昼食べるかと思ってさ」なんて言って、ビニール袋に手を突っ込んだ菅原先輩が取り出したのはピンクと茶色のパッケージ。じゃーん!って口で言いながら差し出してくれた。

「期間限定なんだって。もう食べたことある?」

甘酸っぱくて濃い味がお気に入りの苺チョコ、の生チョコみたいな食感になったタイプ。そうそう今朝見つけて「今度買おう」って思ったのだ。

「ま、まだ食べてません……けど、」
「よかった。はい、どーぞ。」

いいんですかって遠慮する私に「そのために買ったんだべ?」って先輩はパッケージを開けてくれた。ここは甘えることにして個包装を1つつまむ。そっと開いて口に運んだ。そして、

「おいしい……っ!」

予想はしていたけれどすごく好みの味だ。素で漏らしてしまった声が思ったより大きくて、菅原先輩に笑われてしまった。ぱっと顔が熱くなる。

「ごめんごめん。びっくりした後にすっごい幸せそうな顔になるからつい。」
「……本当においしいんですよ。苺がぎゅうって詰まった味がして、すごく滑らかで。」
「じゃあ俺も1つ食べよ。」

菅原先輩は私と同じようにチョコを口に入れた。指についたココアパウダーを舐める仕草にこっそりドキドキする。

「あ、本当に甘酸っぱい!」

素直にびっくりしたみたいで「俺の知ってる苺チョコとは違う」なんて真面目な顔で言うから私もふきだしてしまう。

「確かに普通の苺チョコってピンクだけど苺っぽくはないですもんね。」
そっちはそっちで好きだけど、私も初めてこのシリーズを食べたときには感動だった。
へえ、って感心したようにパッケージを眺める菅原先輩を眺めていれば、

「なまえちゃんはこういう味が好みなんだ?」
「へ?あ。はい。」

急に話が私のことになって首を傾げると、箱ごと手渡される。

「またなまえちゃんが好きそうなお菓子見つけたら買ってこよっと。」
ああ、このニッて笑った顔も好きなんだよなあ、……じゃなくて。

「私がお菓子を買って来るのは日ごろのお礼ですよ?これ以上はもらいすぎです!」

別に単にアイスや肉まんを買ってもらっているお礼だけじゃない。何かと気にかけ優しくしてくれることに対する感謝の気持ちもあるのだ。それなのに上乗せしてまたお菓子なんてもらえない。

それなのに「もらいすぎって、」と菅原先輩はまた可笑しそうに笑う。

「俺がなまえちゃんの"美味しそうな顔"見たいんだからいいの!」

「!」
あれ、私とおんなじ理由だ。
向けられた柔らかい表情に私の顔も綻んでいくのが分かる。


高校のときの片思いなんてね、将来思い出にして楽しむためにあるんだよ。
なんてこの前読んだ小説の登場人物が言っていた。
たしかに先の事なんて分からない。近い将来離れることもあるだろうし、もしかしたら他に好きな人ができることもあるのかもしれない。
でも、菅原先輩を追いかける今は、私にとってすごく幸せだ。
今だけ?ずっとは続かないかもしれない?それでもいいじゃないか、って思うことができるくらいに。


「菅原先輩、」

「ん?」

「私やっぱり先輩が大好きです!」


告げれば温かい手が頭の上にのせられた。



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