自惚れとかじゃなくて私とブン太は両思いだ。でもお互いに肝心なところで尻込みしてしまうタイプだから何とも言えない距離を保ったままでいる。
「シンクロしてるよな。お前らって」 「なに?いきなり」 「阿吽の呼吸?熟年夫婦?みてえな安定感だとか信頼だとかを感じるんだよな」
私の良き理解者であり、ブン太の良き理解者でもあるジャッカルの唐突過ぎる言葉に試合の記録を取り忘れるところだった。
「ダブルス組もっかなーー?」 「だな。サッサとそうしろよ」
最近、ジャッカルは私達2人の関係が心底鬱陶しくなってきているに違いない。それは今の発言からでもイヤと言うほど伝わってくる。
「…もうお前ら早くくっつけよ」
息を吐きながら、それはそれは面倒くさそうに発したジャッカルの気持ちは痛いほど分かるし私だってブン太とそういう関係にいい加減進展したい…けど、如何せんチキンなのだ。
自分から言う勇気なんて持ち合わせてなんかないからこそ、ブン太からの何かしらしらのアクション待ちをしている。
そんな姿勢がジャッカルにしてみれば鬱陶しいんだろうけど。
練習後、選手達が柔軟をしていてる時に使ったボトルの片付けを一人で進めているとブン太が小走りでやってきた。
少しだけ顔を歪めてるブン太に気付きポケットに手を入れる。
「どこ?」 「今日は右肘やっちまった」 「了解」 「わりいな」
消毒してくれ、と言われる前に絆創膏を取り出す。私のポケットにはブン太専用となりつつある消毒セットが常備されている。
ジャッカルから見ればブン太の怪我したときの表情の違いがよく分からないようで、そんなことに気がついてブン太の欲しがっている言葉を言う私が凄いらしい。これだから阿吽の呼吸だとか熟年夫婦だとかシンクロだとか言われるのかなと不意に思った。
「てかまた器用な場所を怪我しちゃったね」 「これは練習じゃなくて赤也と遊んでたら出来ちまってさ」 「もー、何やってんの」
立ったままだとやり辛くてベンチに座る。消毒液を付けるとブン太はほんのちょこっとだけ眉を顰めた。
「ほい。終わったよ」 「サンキュー」
自分の肘を眺めながらブン太は満足そうに笑っていて、そんな笑顔を見てキュンとする
「てか腹減ったなー。今日の夕飯何だろうな」 「…やっぱりね」 「?」
そして消毒が終われば毎回この夕飯の話にブン太は会話を移し替える。まあ、このことに関しては完全に無意識なんだろうけれど。
「絶対に夕飯の話になるかと思ったってこと」 「何でもお見通しってか?」 「ま、そうだね」 「流石、なまえだな!」 「ブン太も流石、期待を裏切らないよね」 「それ誉めてはねえだろい?」 「うん!」
「そうかよ」といたずらっ子の様に笑って両手をベンチにドンと置いたブン太の小指が、たまたま私の小指と重なって思わずブン太を見つめてしまうと同じタイミングで視線がぶつかった
毎日毎日、消毒をしているから手と手が触れ合うだなんて慣れているはずなのにドキリと胸が高鳴ってしまったのは不意打ちだと言うことと、やっぱり好きだなあという気持ちが湧き上がってきたからだろうか
「…」 「…」
視線がぶつかったままお互い言葉を発することはなく妙に静かな雰囲気が私達を包む。
どうしよう…めちゃくちゃ恥ずかしい……。耐えられそうにない…。
恥ずかしさに負けてしまった私は地面へと視線を変えたけれど、その瞬間に重なっていただけの小指がギュッと握られた。
「……!」
少し日焼けしたブン太の小指と私の小指は、ぎこちなく繋がっていて力加減もよく分からないまま徐々に強く繋がっていく。
「…ブン太…ちょっと痛いかも…」 「わ…わりい」
少しだけ優しくなった小指にはにかめば、またブン太と視線がぶつかる。今度は耳まで真っ赤にしたブン太が視線を逸らすのだけれど。
だからお互い知らん顔で小指をつなげる
ブン太の口から待ち望んでいた言葉を聞けるのは、あと数分後の出来事。 |