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現代文の授業中、隣の席の土方が朗読に指名された。はい──と言いながら立ち上がり、教科書を読み始める土方。 整った横顔、鼓膜を優しくくすぐるような低い声、少し大人びた伏し目がちの視線、教科書を持つ筋張った手、首筋から鎖骨にかけてのライン──外見的要素だけにとどまらず、土方の全てが私の心を掴んで離さない。
「次、みょうじ」 「はい」
腰を上げた瞬間、入れ違いで座り直した土方と目が合った。刹那、心臓が早鐘を打つ。冷静を装いながら朗読を始め、頭の中で数を数えながら心を落ち着けた。 教科書を読み進めながらページをめくった瞬間、反対側の隣の席の沖田と目が合った。ほんの一瞬だったものの、心まで見透かしそうな沖田の大きな目が脳裏に焼き付いて離れない。
「俺はお前が好きだけどな」
沖田から告白されたのは、今からちょうど一週間前の事だった。お前、土方の事好きだろ──その一言から始まった沖田の告白で、寝不足に陥るほど悩み抜いた一週間だった。 私が沖田の事を好きになれば、全てが丸く収まるだろう──そんな狡賢い考えを抱く反面、土方への気持ちを断ち切れられずに悪足掻きしてしまう自分がいる。
「みょうじ」
ぼんやりとしたまま迎えた放課後、昇降口で靴を履き替えていると背後から声を掛けられた。振り向くと、いつもと変わらない様子の沖田と目が合った。
「一緒に帰ろうぜ」 「う、うん」 「怯えんなよ、取って食ったりしねェから」 「ごめん、そんなつもりじゃ……」 「わかってる」
言葉を交わしつつ靴を履き替えた沖田は、もう一度「わかってる」と呟きながらロッカーを閉めた。行こーぜ──そう言った沖田は、ポケットに両手を突っ込みながら飄々と歩き出す。ほのかな香りを漂わせながら咲き誇る梅の花が、冬の終わりを告げている気がした。
「……沖田」 「ん?」 「こないだ沖田が告白してくれた時から、色々と考えてたんだけど……ごめん、私、沖田に対して凄い失礼な事考えたりもした」 「失礼な事?」 「うん。土方の事諦めて沖田の告白を受け入れたら、もう辛い思いしなくて済むのかなって。でも、もし私が土方に同じような事をされたらって考えると、たぶん凄い傷つくと思うんだよね。そんなの両思いじゃなくない?って。そう考えたら、一瞬でも沖田の好意に甘えようとしてた自分に嫌気がさしちゃった」
この一週間で蓄積された自責の念が、沖田への懺悔と共に涙となって溢れ出した。泣くなバカ──と自分に言い聞かせ、顔を伏せつつ涙を隠しながら立ち止まる。一歩先で立ち止まりながら振り向いた沖田は、そこはかとなく頬を緩ませつつ左手の親指で涙を拭ってくれた。
「腐れ縁だろうが何だろうが、長年一緒に居りゃ嫌でも相手の良いところが目に付くもんでな。悔しいけど、お前が土方に惚れた理由も何となくわかっちまうんだ。それでも俺はお前に惚れちまった。まあ、惚れたもん負けって奴だな」 「……ごめん」 「謝んな。俺ァ一回振られたくらいで諦めるようなタマじゃねェよ。たとえ同じ気持ちじゃなくても、この一週間お前が俺の事を考えてくれた。しかも、涙まで流してくれやがる。どこまで惚れさせれば気が済むんだ?」 「バカ……でも、ありがと」 「……おう」
帰るか──そう呟きながら歩き出した沖田の足取りは、心なしかさっきよりも軽快な気がした。 私達の冬にも、いつか春が訪れますように──そんな事を思いながら、沖田の背中を追いかけた。 |