別段誰かに盗られた訳では無い。 はたまた、誰かとキスをした訳でも無い。
ただ、君が僕の傍に居ないという事だけは確かだ。
手の甲が悴んでくる冬の最初。 今日は生憎と手袋を忘れてきて仕舞った。少しだけ自分に呆れながら、防寒として着ているコートのポケットの中に、両手を突っ込んだ。はあ、と出て行く白い息を眺めながら、首元のマフラーを少しだけゆるめた。
ほんの少しだけ、外気に触れた左手は直ぐに冷たくなって、体温を奪っていく。ぼんやり歩いていると、向こうから同じ様に街路樹のある歩道を歩いて来ている、カップルが居た。楽しそうに微笑みながら、ショーウィンドウをちらちらと見ている。
少しだけ、羨ましく成った。
すれ違う時、少しだけカップルの会話が耳をかすめたけれど、正直内容に興味は無かった。只々羨ましくて、自分の空いた右手をポケットから取り出して、眺めた。ちょっと、目を伏せた。
「…君が居ないのって、随分寂しいよ」
誰も居ない右隣りに話しかける様に、呟いた。 彼女が聞いたら笑うだろうか。君が欲しくて欲しくて堪らない事、君と手を繋げばきっと暖かい事、けど叶わない事。しかし、僕は君が欲しいのは在っているけど、それより、君がこんな寒い冬で凍えて居ないか、そっちの方が心配だ。
誰かに虐められてないかな、君は僕達の事を覚えているかな、遠いそんな処でやって行けてるのかな、そればっかり一日中頭を回って、一体僕は何をすればいいのか判らなくなってしまう。
彼女の御陰で、僕は今生きていられるのだし、何か一つ、感謝をこめてしてあげたかった。けど、そんな暇も無く君は遠い処へ行ってしまった。礼をいう暇さえ、無かった様な気がする。
─結婚、したんだとよ
何時だったか、承太郎と在った時彼はぽつんと呟いたな。その時はとても目出度く感じられたけど、家に帰って一人になると、とても寂しくなった。自分は、彼女にそんな想いを抱いていたのかと思うと何だか苦しかったけど、それより、寂しかった。
旅の中で幾度も助けられた僕は、本当に好きになって行った事にすら気が付かず、思いを放置していた。彼女が結婚したら突然寂しく成っただなんて、エゴじゃないかと自傷もした。その時の傷は今まだ健在だ。
「…欲しい…傍に居て欲しい…」
僕じゃあ到底手の届かない遠い処に君は行ってしまった。 君が欲しくて堪らない。
─けどこれは、僕が寂しいだけのエゴ?
単に、僕が寂しいから欲しているのか、 本当に、君を幸せにしたいのか。
随分昔に君がくれた、紅い石の付いたネックレスを取り出して、右手で握りしめた。その時の君の顔。とても優しい笑顔しか無くて、嬉しかった。良かった、今日は人通りが全く無くて。
そう頭の片隅で呟きながら、僕はそのネックレスを両手で包み込むように握りしめて、ゆっくり屈んで、泣いた。ぽつぽつ落ちていく涙は既に冷えきったアスファルトの上に落ちていった。
やっぱり、僕は幸せになりたい。君を幸せにする事が、僕の幸せだけど。
「なまえ…ッ」
色んな女の子からのラヴレターより、 色んな女の子からのチョコレートより、
僕は君の、たった一つのラヴ・コールが欲しい。 |