第22回 | ナノ

泣いている女の子というのは魅力的なものだと思う。誤解を招くようではあるけれど、それは俺の性格が悪いとかそう言う訳ではない。涙がいっぱいに溜まって、透き通ったゼリーのように光を反射させて潤む両眼が綺麗で綺麗で、どうしようもなく好きだと思うのだ。

だから、例えばそれが想いを寄せている異性であってもそうでなくても、俺は涙で滲んだ瞳を美しいと言うのだろう。それでもやはり、好きな子が泣きそうな顔をしているというのが一番喜ばしいことではあるのだが。


「なまえちゃんどうしたの。振られちゃった?」

体育館裏の日陰になった肌寒い空間。彼女が膝を抱えてしゃがみ込んでいたので、大体の理由は察しつつも意地悪く声を掛けてみる。彼女はこちらを一瞥すると、違うけど、と今にも消え入りそうな声で言った。

「貴大が他の女の子と仲良くしてるの見ちゃったの」
「ただのクラスメートでしょ」
「私だってただのクラスメートだよ」

だってなまえちゃんはマッキーの恋人じゃないの。そう言いかけて飲み込んだのは、彼女の表情がそんなことを言いたいわけではないと分かってしまったからだ。

「あー、手繋いでるとか、キスしてるのとか、見ちゃった?」

彼女の隣に俺もしゃがみ込んで、顔を覗き込むように問い掛ける。違うわけ無いよねえ、だって俺は彼が浮気してることも二股をかけていることも知っている。
俺の言葉でその光景を思い出したのか、すぐに潤んでいくなまえちゃんの両眼。綺麗だな、本当に愛らしくて可愛らしい。涙がこぼれそうなくらい溢れてきて、それでも均衡をぎりぎりで保っている。

「わたし、貴大と、別れたほうがいいのかな」

震える声で俺の一押しを待っている。こんな可愛い子にここまで愛されてあのチームメイトは幸せ者だなあ、と思う。何度も浮気であろう現場を見てしまっては、こうして涙を流そうとしていることを俺は知っている。それでも彼は知らないんだよね、そこで俺が現れて、彼女を慰めて、それから何をしているのかも。
出来るだけ優しく前髪をかき分けて、なまえちゃんの額に片手を当てる。泣きそうで熱を持った彼女の額と、部活で体温が上がったままの俺の掌の熱が融けあうようで気持ちが良い。そして顔を耳の近くに寄せて、吐息だけで語り掛けるようにとどめを刺すのだ。

「駄目だよ、それでなまえちゃん、俺と付き合おうとしてるでしょ」

びくりと肩を揺らして、まだ涙は流れ落ちようとしていない瞳がこちらを向く。ちがう、と唇は動いたけれど、生憎そこから音は発されていない。

「なまえちゃんはマッキーが好きで仕方なくて、だから他の子に恋人みたいにされるのが嫌で泣いてるんじゃないの。俺はそれを慰めてるだけだよ」

何が言いたいの、とでも言いたげな表情を浮かべる。彼女は別に勘違いなどはしていないし、恐らく俺がこう言うのも本心ではないと気付いているのだろう。だから怪訝な顔をして首を傾げている。
いつも落ち込んで悩んでいる時に決まって現れて、慰めてくれて、今まで通りの俺ならば優しい言葉で傷を癒そうとする。毎度そんなことをする男子に下心がないと言う方が珍しいだろう。それでも、まだ彼女をそのまま落とす訳にはいかない。
額に添えていた片手をするりと頬まで移動させて、視線を逸らさずにいてくれる彼女を真っ直ぐ見つめ返す。

「まさか、泣いて、俺の同情を誘って、それでそのまま乗り換えちゃおうなんて、そんな酷いこと考えてないよねえ?」

とうとう決壊した瞳から涙がどんどん溢れていく。濡れたところが光に反射して、涙をまだ溢れさせるその眼も綺麗だなあ、とうっとりと見つめる。俺の恍惚とした表情に不思議そうな顔をする彼女に顔をまた近付けた。

「泣いてる顔が一番可愛いね、なまえちゃん」

頬に舌を這わせて、流れた涙を舐め上げる。その根源まで到達すると、そっと目尻に口付けた。

「ねえ、徹、」
「なに、どうしたの?」

先程まで絶望したような、悲しみの淵のような表情だった彼女が涙を流したまま口元を緩めては微笑む。

「キスして、ほしいの」

俺にしか聞こえないような声で囁く。そんなに声を潜めてもこの距離感でばれてしまうのに、全くいじらしいなと俺も思わず笑みが零れる。

「いいよ、マッキーには秘密でね」

そっと触れるだけのキスを落とすと、直ぐに彼女から顔を寄せてくる。そのまま何度も角度を変えては、後ろの壁に彼女を追い詰めていく。両手首を俺の手で押さえつけて、逃げられないように身を寄せて見下ろす俺を見上げた彼女にはもう悲しんでいた面影などない。

「徹、もっとして、足りない」

確かに君は彼氏に浮気されてしまった可哀想な女の子だったけれど、この時点でもうそれだけではなくなってしまった。秘密だからと俺をそうやって誘って、自ら距離を詰めるその眼は、もはや浮気をした彼と大差無いのである。
それでもまだ潤んだままの両眼と、空気に酔ったように火照る頬と、秘密を守るような囁く声。俺が見たかったのはこうなったこの子なんだから、素直に手に入れるわけにはいかないんだよ、と口には出さずに思う。

「いいよ、いくらでもしてあげる。なまえちゃんが俺の事しか見えなくなるくらいね」

再び顔を寄せて唇を重ね、そのまま俺は右手を彼女のスカートへと伸ばす。ずらそうと触れたそれは彼女の涙で湿っていて、それでいてどうしようも無く魅力的だった。

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