第22回 | ナノ

俺はあの子の秘密を知っている。

 もともと知りたくて知ったわけじゃなかった。ただ俺が、彼女のことが好きで、ひたすらに見ていたから分かっただけだ。例えば、体育の授業中。男子のサッカーを見つめる女子勢の中で彼女の見つめる先はいつもあいつ。例えば、大会の日。あいつの泳ぎを見て、キラキラ目を輝かせる姿を見ていれば俺はいやでもわかってしまった。
 例えば、あいつに彼女が出来た日。泣きそうな顔で「失恋しちゃった」なんて言って笑おうとする彼女を見て、人を好きになるって、誰かのために涙を流せるかどうかなのかな、なんて思ってしまった。

 そんな彼女は名前をみょうじなまえという。今では俺の彼女だ。あの時期散々彼女の恋愛相談に乗って、結局相談相手のことが好きになるなんてよくある話。それでも好きな子を手に入れることが出来て俺は十分幸せだったし、毎日が心地よく過ぎていった、と思う。

 なまえは素直で、とてもいい子だった。明るくて、笑顔がよく似合う女の子。素直すぎる故に、ふとした瞬間に好きな人を目で追ってしまう。だからなまえが好きな人が俺にはすぐわかる。いまも、ほら。

「なまえ。」
「…っ!」
「帰ろうか。」

 夕日に赤く染まるプールの横でいつも俺を持っていてくれる。部活の後に一緒に帰ることが日課になって、もうどれくらいだろう。最初は冷かしていた渚や江ちゃんも今ではほとんど触れてこない。怜に言わせれば「もう夫婦に見え」るそうだ。でもそれはきっと、俺もなまえも自分の意見を強く言うタイプじゃないから、俺らを纏う落ち着いた雰囲気がそうさせるのだと思っている。そろそろ、終わらせてあげなくてはいけない。

 俺は秘密を知っている。

 なまえはまだ、ハルのことが好きである。

「なまえ、」

 俺は彼女の名前を呼ぶ。すべてを知らせるために。俺のエゴでこんなことをしてごめん。でも俺は、本当に好きだったよ。たとえ、君が俺のことを一番に好きじゃなかったとしても。

『”―――――”。』

 だからこそ、この言葉を言わせてくれ。なまえの顔がこわばるのがすぐに分かった。でもその後、すぐに笑顔に変わっていた。

*****

 あたしには秘密がある。

 誰も知らない秘密。たぶん、仲のいい友達も、真琴だって知らない。秘密とは少し違うのかもしれないけれど、胸に秘めたことだから結局同じことだろう。真琴は何か気づいているようだけど、それが正解ではないことをあたしは知っている。

 二年生のはじめ、桜が散って夏が始まる頃だった。初夏。さわやかな時期。雨はまだ降らない時期。あたしはある人に恋をした。

『もしかして、ハルのこと好きなの?』

 クラスが同じというだけで別段仲が良くはなかったのに、真琴はそう突然話しかけてきた。チャンスだと思った。逃してはいけない。これは神様がくれた最高のチャンス。

「―――好きだよ。」

 そこから段々と話すようになって、あたしの恋は順風満帆だった。以前よりずっと話すことが出来るようになったし、一緒に帰ったりもした。授業中もずっと目で追って、大会に呼ばれたときは歓喜で息が止まるかと思った。

 七瀬君に彼女が出来た日は、もう彼と一緒にいられないのかと思ったら本当に悲しくて涙が次から次へと溢れてきてしまった。柄にもなく大号泣した。真琴の腕の中でわんわん泣いた。大好きだと、何にも代えられない幸せをつかみ取った気がした。

 あたしには秘密がある。

 あたしはずっと、橘真琴が好きだった。
 一言も嘘はついていない。真琴が勘違いしてあたしに話しかけてくれて、真琴の近くで過ごすことが出来て本当に幸せだった。そうして付き合って、一年近くが経つ。でも最高のハッピーエンドを迎えられるわけじゃなかった。あたしの中で真琴が一番じゃなくなってしまった。真琴に気持ちを戻そうとするたびに、逆にどんどん遠ざかっていくような感覚がした。どうあがいても戻れない。考えれば考えるだけ、彼のことが頭から離れない。ああ、どうしてそんなに自由に、悲しく泳ぐことが出来るの?

 七瀬君。

 フェンスの向こう側で泳ぐ彼に、あたしの目は必死に追いつこうとする。でも追いつけない。手に入らないと思うと余計、恋焦がれる。人間の気持ちはこんなにも簡単に移ってしまうのか。

 だから真琴が、今わたしの名前をあんまり寂しそうに呼ぶから、とうとうこの時がきたなあなんて他人事のように考えていた。何度も傷つけてごめん。あたしからは言えない言葉を、言わせてごめん。ほんとうにごめんなさい。

『“これからもずっと一緒だよ”。』

 なんてこと。彼のほうが一枚上手だったのね。
予想外の言葉にあたしは笑うしかなかったんだと思う。

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