第22回 | ナノ

音を吸い込んでしまうような雪が降っていた。そんな中立ちすくむように待ってどれくらいが経ったのだろうか。かじかんだ指に息を吐きかけると息が白く霞んでいった。少しばかしの息の暖かさでは指先が温まることなく、仕方がないので差していた傘を振る。

「…みょうじ?」

傘から落ちた雪が足元に募って小さな山になるのを見ていると、学校の方向から声をかけられた。自然と下に傾けていた傘と一緒に顔を上げ、私はほっとしたようにもう一度息を吐く。さっきと同じように白く霞んでいった息の向こう、そこには孤爪が不思議げな顔で私を見ていた。孤爪が呼吸をするたびに肩が上下して、空気が白くなっては透明になる。

「孤爪のこと待ってたの。一緒に帰ってもいい?」

マフラーを口元にまで引き上げると、孤爪は小さな動作で頷いた。珍しくスマホもゲーム機も使用していない孤爪はコートのポケットに手を入れて私の隣に並んだ。そんな孤爪は傘を持っておらず、少ないけれど体に雪が付着して寒そうに見える。

「傘に入って」
「いい、別に」
「体に雪積もりそうだし見てるだけで寒いよ。ね?」

首を振りながら断られたけれどそれで諦めるはずもなく、二回目の誘いに孤爪は目をそらして頷いた。少し背の高い孤爪に合わせて傘を高く上げると、孤爪が眉を下げてこちらを見たので首を傾げる。雪は止む様子もなく舞い、雨に変わる様子もなさそうだ。

「…おれ持つ?」
「ううん」

首を振ると孤爪はそっかと言いたげに息を吐きながら前を向いた。行こうとも言葉なくふたり同時に歩き始めれば、積もったばかりの新しい雪が踏まれて音を立てる。
足の裏に伝わるジンとした冷たさと、キシキシとした感触が子供心をくすぐった。それでも寒さには勝てずにしゅるんとそんな感情はなくなる。これが大人になると言うことだろうか。もっと小さな頃だったら雪に喜んで、暮れるまで遊んだのに。

「こんなに積もるなんて珍しいよね」

前をまっすぐ見る中、視界の隅で孤爪が頷いた。寒いからかいつに増して口数が少なく感じる。

「孤爪は雪好き?」
「…そんなに。珍しいけど」
「そっか。私は結構好きかも。雪降ると静かだし、新しい雪を踏む感触とか」
「うん」

しゃべったことによって動いたマフラーをまた口元に上げるため、孤爪がポケットから手を出す。そんな斜め下から見た孤爪に、胸が締め付けられるような気がした。きっと赤く染まった耳とか、マフラーからあふれる長い金色の毛先とか、普段より少しだけ細められた猫目とか、時々前髪が流れて横顔が隠れてしまうのとか、全部他の子は知らないから。

「…クロが」

ぽつぽつと設置されている街灯の下を通って何回目だろうか、孤爪が話し出す。さっき上げたばかりのマフラーを指に引っ掛けて下げると、孤爪の真っ赤な鼻の頭が見えた。もう口を開いて言葉を吐き出しても息が白くなることもない。孤爪はすんと鼻で息をして、言葉の続きを言うようだった。車がとてもゆっくりとした速さで道を通り過ぎて行く。珍しく孤爪は顔を上げていて、それは寒くてスマホを使ってないからとかそんな理由だろうけれど、どこか大人びて見えた。息が苦しくなるのは、私がまた孤爪のことを好きになったからだ。

「片思いの方がしあわせなんだって、言ってた」

雪が積もって傘が重くなっていた。孤爪の言葉は雪に吸われて、きっと私にしか聞こえない。それでも私はすぐに返事ができなくて、心臓がぎくりと音を立ててから息を潜めるように痛んだ。思わず下げた視線を孤爪に向けると、孤爪はまっすぐ前を見て私の返事を待っていた。ひどく指先が冷えた気がしたのは手袋をしていないからだろう。

「私も、そう思うよ」

冷たい空気が肺を満たすけれどそれを寒いとは感じなかった。もう麻痺してしまったのだろう。前を見ると孤爪の視線を感じた。でも目を合わせることなく、私はマフラーにうずまるように首をすくめる。

「おれ…みょうじのこと好き」

息が震えるのと同時に指先がぴくりと震えた。孤爪を見ると孤爪はさっきと変わらない様子で、何気ない会話をしているみたいだ。大切なことを言われた気がするのに溶けてなくなったように感じる。それでも目があった孤爪の目は少しも細められていなくて、嘘をついたらすぐにばれてしまいそうだった。緊張しているせいで心臓が激しく音を鳴らしている。

「だから片思いがしあわせなんて思えないよ」
「…そう」

私の中のなにかがなくなってしまったように感じる。それはきっと今話していたしあわせと言うもので、私の中からなくなってしまったのなら無意識のうちに捨ててしまったのだろう。だから落ちていないかと足元を見てもなにもなく、いつの間にか足が止まっていたことに気がついた。それなら孤爪に返事を返す前に傘の雪も捨ててしまおう。
待っててくれた孤爪はやっぱり何気ない会話をしていたように何気なくて、雪を落とした傘をもう一度高く上げた。まるで答えはわかっていると言いたげに孤爪が自然と私の手から傘を持つ。初めて感じるこの高鳴りはなんなのか。前よりももっと孤爪と一緒にいたい。

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