第21回 | ナノ
今から20年前、地球に天人が襲来した。
それから十数年に渡り、地球人と天人の間に攘夷戦争が勃発したが、結局天人に恐れた幕府は開国してしまったのだ。
侍の国と呼ばれたこの国には、今はもう侍なんていない。
話は戻るが、俺が彼女と出会ったのは攘夷戦争真っ只中の俺が子供の頃の話。
俺が近所の公園でヘマして転んでいたら、彼女は俺の前に現れた。
俺と歳が近い彼女は、俺に向かって柔らかく微笑みながら、男の子は強くならないと、なんて言っていたのを覚えている。
綺麗な身形のくせに、それとは不釣り合いの返り血が当時の俺に衝撃を与えた。
彼女と次に再会したのは祭り事で将軍を警護していた時。
ほんの一瞬だけで、しかも横顔しか見えなかったが、確かにあの時の彼女で間違いない。
あとで知ったのだが、彼女は高杉達と過激派の一味として行動しているようだ。
彼女はテロリスト、俺は警察、俺は彼女を捕まえなければならなくなってしまった。
しかし、人斬り仁蔵の件の時、旦那が俺に彼女を差し出して来た。
旦那曰く、俺と彼女の口から惚気話を聞きたくないので返してやる、らしい。
旦那から受け取った彼女を抱きかかえて初めて分かったのだが、彼女は酷くボロボロで儚かった。
彼女は本来罪人となるはずなのだが、現在、彼女は俺の監視のもとで一緒に暮らしている。
何処か遠くを見つめては、悲しそうな表情を浮かべる彼女の横顔は、もう見慣れた。
屯所という籠の中に閉じこめられた鳥は、今、何を思っているのだろうか。


「はぁ?なまえが笑わねェだと?」

珍しく万事屋には旦那一人しかいなく、外野がいないおかげで俺はすぐに用件を話せた。
見廻りの途中で万事屋に来たから、早くしないと土方コノヤローが瞳孔開きっぱなしの怖い顔をして俺を連れ戻しに来てしまう。
それに、屯所には彼女がいる。
あの男共が彼女に変な気を起こさないか心配で仕方がない。
いや、もしかしたら土方が変な気を起こすかもしれない。
やべェ、想像しただけでむかつきやすね。

「旦那、あんた、なまえの喜びそうなこと知らねェですかィ?」

「なまえの喜ぶことぉ?そりゃあ、あれだ、あいつの好きな食べ物でも与えておけば機嫌もよくなるんじゃねェの?あと、適度に散歩も必要だろ。毎日毎晩部屋の中だけで運動するだなんて、なまえも参るだろうよ」

「おい、そりゃあどう意味ですかィ?」

「何?初心ぶってんの?このエロサド王子が」

旦那の発言にむかつき、条件反射で旦那に向かってバズーカを一発お見舞いしてやった。
風穴があいた万事屋を見つめながら溜息が出る。
でも、彼女の好きな食べ物をあげるというのは旦那にしてはいい提案だと思う。

「それじゃあ旦那、身体に気をつけて下せェ」

用件が済んだのでさっさと帰らなければ。
俺がパトカーに乗り込んだ時に、おめえのせいでボロボロだっつの、と叫び声が聞こえたが、俺は忙しいので構わず出発した。


屯所に戻り、土方さんのねちねちした説教を無視して自室に向かう。
部屋の襖を開ければ、そこには相変わらず生きた死人のような彼女が静かに俺を出迎えた。
別に、おかえりなさい、なんて言葉はないけれど、俺に視線を向けてくれるだけで十分嬉しく思う。
彼女に近づいて、色白の頬を両手で包みこむ。
じっと彼女の大きな瞳を見つめても、彼女の考えはやっぱり分からない。
彼女から手を離し、それから上着やらを脱いで楽な服装になりながら彼女に話しかける。
きっと、返事は返ってこないだろうけど。

「土方さんに変な気を起こされてねェですかィ?屯所の男共に狙われたりしてねェですかィ?」

「どうして私を殺さないの?」

本当に突然だった。
内容は違えど、彼女の口から言葉が紡がれるだなんて思いもしなかったから。
彼女の声は小さくて、それでもしっかりと俺の耳に届けられたが、しかし俺にはその内容に苛立ちが募ってしまった。

「私、高杉達の居場所をあなた達に一生話すつもりはないの。だから、どんなにここに私のことを置いても、何の意味もないのよ」

何故彼女は分からないのだろうか、数年間に渡り、大きく膨らみすぎてしまった俺の気持ちに。
気がつけば俺は彼女の身体を畳の上に押し倒し、その白く細い喉に剣の切先を向けていた。

「殺すつもりだったら、俺はあんたのことをとっくに殺しちまってらァ」

彼女の光を失った瞳が俺の姿を写している。
彼女の瞳越しに見えたのは、今にも泣きそうな情けない自分の顔だった。

「どうして、泣いているの?」

「誰のせいだと思っているんでィ?」

「誰だろう、分からないよ」

「違う。分かろうとしないの間違いだろィ?」

ポタッと雫が彼女の頬に落ちるのと同時に、彼女の真っ白い指が俺の頬に触れられる。
当然、彼女の思わぬ行動に俺は驚いたが、彼女は気にした様子もなく、いつかと同じ言葉を言っていた。

「泣かないでよ、男の子は強くならないと」

彼女と出会った頃のことが脳裏に鮮明に蘇る。
綺麗で、だけど、恐ろしくて。
それでも、夢の中で何度その儚い姿に手を伸ばしただろうか。

「俺はあんたを殺してェわけじゃない。あんたを守りてェんでィ」

彼女の目が一度閉じられ、またもう一度開かれる。
開かれた彼女の瞳には光が宿っていた。
まだまだ悲しい色に変わりはないけど、今度はきちんと俺の姿を見ている。

「あなたに守られるほど、私は弱くないよ」

「女はか弱い生きもの、だから、男が守ってやらなきゃならねェ。昔からずっとそう決まってんでィ」

カラン、と音を立てて畳に刀を置く。
今度は両手で彼女の存在を確かめるように抱きしめた。
いつかした約束を守るために。


「はぁ?なまえがかわいすぎて死にそうだと?」

今日の万事屋には旦那の他にチャイナと眼鏡もいた。
旦那は溜息を吐き、チャイナと眼鏡は冷たい視線を俺に向けてくる。
やれやれ、これだからモテない諸君は。

「そうなんでさァ。今迄無愛想だったのに、今ではすれ違う奴等全員をクラっとさせる笑顔を見せるものだから、俺にしてみればいい気しないんでィ」

「何?惚気?銀さん、最近失恋したのに女友達の幸せそうな惚気話を聞かされるような複雑な気持ちなんだけど?無性にムカムカするんだけど?」

旦那がぶつぶつ文句を言っているのを聞いていると、いい匂いが鼻を掠める。
チャイナなんか目を輝かせてその匂いの先を辿っていた。

「みんな、ご飯できたから準備を手伝ってくれない?」

「わぁ!ハンバーグだ!」

机の上に並べられるハンバーグを見ながら複雑に思う。
だいたい、何故俺もここで一緒に飯を食わないといけないのだろうか。
しかも、彼女の手作りを俺以外の奴等にあげるとか、納得できない。

「なまえ、ちょっとこっちに来なせェ」

「何?総悟?」

不思議そうな表情を浮かべる彼女に手招きをして呼び出せば、彼女は素直に俺に近づいてくる。
そして、俺の側にやって来た彼女の腕を引っ張って無防備な唇を奪ってやった。
彼女の顔は真っ赤、旦那は絶叫、チャイナと眼鏡はそれぞれ傘と木刀を持って俺に殴りかかってくる。

「あんたは誰のものか、ちゃんと教えてやらねェといけやせんね」

「……最低」

「その最低に捕まったあんたが悪いと思いやすけど」

次々と襲いかかってくる万事屋達を相手にしながら彼女の姿を見れば、彼女は諦めたように笑っていた。
彼女の瞳にはまだまだ悲しみの色が残っている。
でも、それはきっと高杉達や桂達が攘夷活動を終わらせるまで消えないのだろう。
それでも、かつての仲間の分までとはいかないが、俺は俺なりに彼女を笑わせてやれるように努力する。
だから、もう二度と何処にも行かないで。
俺が彼女のことを守るから。

「もう、ハンバーグが冷めちゃうよ」

彼女の言葉に万事屋達も俺も席につく。
それから、いただきます、と言ってからハンバーグを口の中に頬張った。











これは私が攘夷戦争に参加していた頃の話。
今日も幾千もの敵を斬っては殺しを繰り返していた私は一つの小さな公園に辿りついた。
そこは、戦争とは無縁の長閑な場所で、今まで戦場にいた私には不釣り合いの場所。
なんだかここからすぐに離れたくて、私が元いた場所に帰ろうと踵を返した時、視界の隅で小さな男の子の姿を捉えた。

「……ちっ、痛っ、」

栗色の髪をした男の子はどうやら転んでしまったみたいだった。
地面から起き上がり、強がりながらも立ち上がろうとしていたが、男の子の大きな瞳には涙が浮かんでいる。

「泣かないでよ、男の子は強くならないと」

自分の格好がどんなものかを忘れて、私は思わず男の子に手を差し出した。
勿論、男の子は目を大きく見開き、私を見つめている。
それもそうだ、私は返り血だらけなのだから。

「泣いてねェよ」

震える小さな手が私に重ねられる。
ぎゅっとしっかり握られた手はとても温かくて、今度は私が泣いてしまいそうになった。
私も、攘夷戦争に参加している彼等も、かつてはこの男の子のように純粋で、大好きなあの人に手を伸ばしていた。
私達はいつから変わってしまったのだろうか。

「泣いてるのは、あんたの方だろ」

男の子の温かい指先が私の頬に触れられた。
返り血と涙が男の子の指先で拭われ、まるで、私の心が男の子に包まれているような錯覚がする。

「もう行かないと。ばいばい」

これ以上ここにいるわけには行かず、私は男の子に背を向けて歩き出す。
私は戦場に帰らなければならない。
この男の子とは違う、血に塗れた戦場へ。

「待ちなせェ」

ふと、私の手が男の子に掴まれ、私は歩みを止めて振り返る。
すると、男の子は私の手の中に小さな包みを押しつけてきた。

「これで貸し借りなしですぜィ」

勿論、包みを受け取るわけにはいかず、返そうとしたのだが、男の子はただ私に押しつけるだけ。
結局、私は諦めてその包みを受け取るしかなかった。

「ありがとう」

「次に会うときはいっぱい楽しい話をしてやらァ。それで、俺があんたを毎日笑わせてやりやすから、覚悟しろィ」

ただの社交辞令だと思った。
だから、私も男の子に社交辞令程度に返事をしたの。
その日が来ることを待っている、と。
まさか、将来あなたが本当に私を迎えに来るだなんて思いもしなかったから。

「はぁ?ハンバーグ?」

彼等の元へ帰ってから、私は男の子から貰った包みを開いた。
中には弁当が包まれていて、また弁当の中身はハンバーグが入っている。
私の隣で一緒に弁当の中身を覗き込んでいる銀時は不思議そうな表情を浮かべていた。

「天人のせいで近代化が進んでいる、嫌でもその事実を突きつけられた気分ね」

ハンバーグを一口食べれば、ふんわりとした食感に頬が緩む。
優しい味とでも言えばいいのだろうか。
なんだかホッとする気持ちになる。

「そのわりには、うまそうに食ってんじゃねェか」

銀時の表情が今度は怪訝そうに歪んでいく。
私はクスリと笑いながらまたハンバーグを口に含んだ。
このハンバーグの味を私は一生忘れない。
そして、あの男の子のことも、ずっと。
銀時曰く、この話を何回も聞かされてうんざりしたらしい。



思い出のハンバーグ

彼と彼女を繋いだ思い出の味は、きっと、未来の二人も繋いでくれるだろう。
だからほら、二人はこれから幸せになれるんだ。
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