第21回 | ナノ
※現代パラレル


高校を卒業したら同棲しよう。
言われた言葉は違えど、そう言われたなまえは笑顔で三成の言葉に頷いた。
高校生活の3年間と言うのはあっという間に過ぎてしまって、卒業間近になった頃には二人で不動産屋を見て周り、二人で暮らすに丁度いいマンションを見つけて其処に引っ越した。
それすらももう随分前の事に思えてくる。それ位になまえは充実した毎日を過ごしていた。
三成は卒業後すぐに就職し、帰ってくるのは夜が過ぎてから。
そんな三成に少しでも栄養が付く物を食べて貰いたくってなまえは頑張って色々な物を夕飯にと作っていた。
少食の、殆ど食事を取らないに等しい彼もなまえの想いが解っているからこそ少しずつでも用意された夕飯を口にする。
現状、文句は言われた事などない。寧ろ「美味い」と微笑まれることの方が多いくらいだ。

しかし今日は違った。
溜息を小さく付いたかと思うと手に持っていたフォークをテーブルの上に置いてしまった。
目の前の皿に乗ったパスタとサラダは殆ど手が付けられていない。
もしかしたら口に合わなかったのだろうか。そう思うと気分が落ちる。
なまえの食事の手も自然に止まり、物音の一つも無い状態になる。

「もしかしたら、美味しくなかった……?」

心配そうに尋ねれば三成は小さな声で「いや……」と答える。
だが何か言いたげなのはなまえには確りと伝わっていた。

「パスタ、好きじゃなかったっけ」
「嫌いではない。だが、正直飽きた」
「うーん、そんなに毎日パスタ茹でてる実感は無いんだけど」
「パスタの事ではない。洋食に飽きたのだ」

その言葉を口にした後、三成はばつが悪そうな表情を浮かべて顔を背ける。
其処でなまえも漸く気が付いた。
言われてみれば三成と同棲を始めてからはずっと洋食しか作っていない。時折中華も作ってみたりはしたが。
朝食も大抵スクランブルエッグやフレンチトースト、コーンフレークなどと言った物が多い。
洋食が一番作るのが得意だからと言って洋食に傾きすぎていた事になまえは恥じた。

「ごめん、ぜんぜん気が付かなかった」
「いや、いい。貴様も悪気があって毎回洋食にしている訳ではないという事は知っている」
「……明日は三成が食べたい物作るから、何がいいか教えて欲しいな」
「……」

しかし三成は急に黙りこくり、何かを考え始めた。
元々食べる事に興味がなかったこの男にそんな質問をするのも酷な物だ。
「別に今考えなくてもいいよ?」と言えば、少し間をおいて「……味噌汁」と小さな声で呟いた。

「味噌汁が飲みたい。後は貴様が好きなように作ればいい」
「え?おみそ、汁?お味噌汁で良いの?」

瞼を何度もぱちぱちさせて三成を見つめると無愛想に「あぁ」と答える。
そして食事を再開するのかフォークをその手に持って、皿の上のパスタをくるくる巻き付けて行く。
学生時代は和食も作っていたが同棲を始めてから数ヶ月、まだ一度も和食の夕飯を作った事がないなと思い返す。焼き魚すら作った事がなかった。
そういえばあの頃は三成が良く食べたいと零していたのは殆ど和食ばかりだった。

「どうした、食べないのか」
「うん、食べるよ。……ねぇ三成、お味噌汁の具は何にしよっか」
「任せる。なまえが作るものであれば何でも美味いに決まっているからな」

「不味くても食べ切ってやるがな」と言いながら、目を丸くして頬を染めているなまえを他所に、予め用意してあった水で薄めた林檎ビネガーを飲み干した。


翌日。三成を送り出し、家の事をしてから大学に向かう。
幸い今日はバイトが休みだからゆっくり買い物をして帰る事が出来る。
まずは味噌を買わなくては。赤味噌にするか白味噌にするか。
三成の好みを考えれば白の方が良いかと思い、籠の中に味噌を入れる。
後のおかずは何にしようか。味噌汁に合う物を考えるのであれば当然和食になるのだけども。
一先ず売り場を全部見て決めようとなまえは鼻歌を歌いながら店の中を移動した。

「さて、と」

マンションに帰ってくると早速買った食材を使う分だけ出して、エプロンをつけてキッチンに立つ。
しかし、此処で問題が一つ。
なまえは確かに色んな料理を作れるのだが実を言えば味噌汁を作った事がなかった。
時間が無いからだしは市販の鰹だしで済ませるのだが、果たして美味く作れるか。
一度だけ深呼吸をし、気持ちを整える。
味噌汁なんて簡単なものだ。此処まで気持ちを強張らせなくてもいいはずだとは思うが、大好きな人にはいつでも美味しい物を食べさせてあげたいという気持ちが逸ってしまう。
気持ちに少しでも余裕を持たせて、リビングの時計を見る。
何時もであれば後2時間もすれば三成が帰ってくる時間だ。
三成が帰ってくるまでには準備は終わるだろう。
なまえは張り切りながら調理を開始した。

約二時間後。三成が帰ってきたのか鍵が開錠される音が聞こえる。
味噌汁が入った鍋に弱火で火をかけて、なまえはすぐに玄関へ向かった。
味噌汁に関して何度も味見をしてみたが自分なりに美味しく作れた。だから早く三成にも食べてもらいたい。
名前が玄関に付いた時には彼は既に靴を脱いでいた。

「おかえりなさい」
「あぁ、今戻った。……どうかしたのか」
「何が?」
「何をそんなに嬉しそうな顔をしている。いい事でもあったのか」

着ていたコートと鞄をなまえに預けると、彼女の頭を一撫でして微笑む。
そしてそのままリビングに向かい、歩きながらネクタイを緩める。
そんな日常的な動作ですら絵になるから三成はすごいな、となまえは背後に着きながらもそう思った。

「あのね、三成」
「何だ」
「今日のお夕飯、期待しててね?」
「貴様がその様に言うという事はかなりの自信があるという事だな。いいだろう、期待して待っていてやる」

その言葉に素直じゃないと思いつつも、何だかんだ言って三成も楽しみにしてくれている事を感じ取ってなまえは微笑んだ。

テーブルに料理を運んだら三成は「ほう」と小さく感嘆の息を零した。
久し振りに作られた和食だが、あの時と変わらず確りとした見た目だ。
味の方は多少落ちていても気にはならないが、如何な物だろう。
なまえも席に着くと二人声を揃えて「いただきます」と感謝の言葉を述べる。
箸を持ち早速食事を開始すると、三成はすぐに味噌汁の入った椀に手を伸ばした。
その様子をなまえはじっと、息を殺して見守る。
三成の唇が椀に触れ、味噌汁を嚥下し、喉仏が動いたのを見ると緊張した様に生唾を飲む。

「……そんなに緊張するな。安心しろ、不味くはない」
「……良かった。あのね、実はお味噌汁って始めて作ったから如何なのかなって思っていて。ちゃんと味見はしたんだけど、その」
「貴様が作るものが不味い訳あるか。昨日も言っただろう。同じ事を何度も言わせるな」

そう言った三成は眉間に皺を寄せ、目を瞑りながら味噌汁を啜る。
そうだ。三成はこういう人間だ。嘘をつかない代わりに不器用に、棘の様な言葉で本心を口にする。
言葉は辛辣でも三成が美味しいと思ってくれているのが嬉しくて少しだけ頬が染まっていた。
その様子を見た三成は口元を緩ませ、一度椀をテーブルの上に置く。

「なまえ」
「は、はい!」
「明日も貴様が作った味噌汁が飲みたい」
「! 解りました。明日も和食にするね!」
「あぁ、楽しみにしている」

満面の笑みで笑うなまえに三成も微かに笑みを浮かべて食事を再開する。

「そうだ、なまえ。明日は刑部と左近を連れ帰ってくる。貴様の料理を食べさせたい」
「構わないけど……、どうして?」

尋ねてみると三成は少しだけ体を震わせ、頬を高潮させる。
そして小さな声で「……から、だ」と言う。
肝心な部分が聞こえないから聞きなおすと、三成はいつもの調子で大きな声を出した。

「貴様の、なまえの料理が美味いからだ!」
「!! 刑部と左近に自慢したいのね」
「いや、分かち合いたいだけだ」

そう言ってまた、椀に手を伸ばし味噌汁を啜った。
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