第21回 | ナノ
 デートの後も帰る場所が同じだから一緒に暮らして良かったと思う。まだ今日は始まったばかりなのに、そんなことを考えながら純太を見つめていると顔がゆるんでると指摘されてしまった。考えていたことがばれると恥ずかしいのでこれ以上何か言われないように注文が早く来てくれないかなあと誤魔化した。
 訪れたのが最近そこそこに話題になっているおしゃれなカフェで、入るまでも大分時間がかかったこともあってお腹が空いてきた。先に来たアイスティーを片手に、行儀が悪いのを承知で脚をぶらつかせてみても、席にゆとりがあるから正面にいる純太のそれとぶつかることはなかった。普段だったらちょっと脚を伸ばしただけでぶつかって、そのあとじゃれあいが始まるんだけどなあ。外にいてもふとしたことで家でのやりとりを思い出してしまう。純太もそうなのだろうか。普段もずうっと見ているのに飽きずに視線を純太へと向けてしまう。あ、目が合った。
「お待たせしました」
 やたらと爽やかでキラキラした店員さんがやってきた。私が頼んだのはフレンチトースト。純太が頼んだのはキッシュのプレート。それぞれが私たちの目の前に置かれる。店員さんは伝票を置く仕草さえも爽やかだった。
 私が普段何となくで作るべしゃべしゃのフレンチトーストと違って、ここのはふっくらふわふわで、それでいてしっとりとしている。パウダーシュガーとカラメルシュガーのコントラストがきれいだ。それにバニラアイスとホイップクリームと更にベリーのソースなんて添えられているなんてそれはもはや幸せ以外の何でもない。写真を撮ってこの後どこかしらに載せようかという考えが一瞬過ったけどどうせ今手嶋くんといるのだろうとか惚気だろうとかそういった反応しか来ないだろうし、このフレンチトーストに詰め込められた幸福は食べる私にしかわからないから別にいいだろう。とどのつまり、写真を撮る時間すらもったいないのだ。目の前のフレンチトーストは早く食べてと言わんばかりに私を誘惑してくる。ぱっと見た限り、純太のキッシュプレートも彩り豊かで間違いなく美味しいんだろうなあ。でも今は目の前のそれに集中しなければ。
 ナイフとフォークを手に取り、食べやすい大きさに切る。いつもだったらフォークだけで切り分けるので不格好でかつ一口が大きいものとなってしまおうとお構いなしなのだがこういうところではそういうわけにもいかない。一口大に切ったフレンチトーストに、ゆるやかに溶けつつあるバニラアイスを載せる。しあわせのひとくちめ、いただきます。
 私の舌は甘さと冷たさによって刺激される。美味しい。これにはもう何度浮かべたかわからない幸せという単語しか出すことができない。そう言葉にせずとも私の様子で悟ったのか純太は笑った。間抜け面、という言葉を添えて。
「だっておいしいんだもん。純太のはおいしくないの?」
「いや、うまいけどさ。多分なまえのには負けるわ」
 ほら、と私の目の前に一口大に切られたキッシュが差し出される。一旦甘い口の中をリセットするべくアイスティーを飲んだのだが、ガムシロップが入っていたのであまり意味がなかった。いや、ガムシロップ入れたのは私なのだけれど。キッシュはチーズがアクセントになっていた。あとは、何が入っているのだろう。考えながら咀嚼していたらあっという間に喉を通り過ぎたので今一つわからなかった。うん、これとだったらフレンチトーストの方がずっと好きだ。純太も甘いもの好きだからきっと好きって言うだろう。私もさっきより大きめに切ったフレンチトーストを純太へと差し出す。
「はい、あーん」
 ここで気づく。ここがいつもの近所のコンビニとかスーパーとかで異なるデザートを購入した際に同様のやりとりをする二人の家ではないことに。ここは、他の客や店員が往来するカフェだ。若い女性やカップルが多い店ではあるが一応人前に当てはまる場所なのだ。私たちの行為なんて誰も見ていないだろうし、もし見られたとしても大した感情も湧かないかもしれないが、そういう問題ではない。何の疑問も抱くことなくいつものそれだと行っていることがよろしくないのだ。色々なことが溶け込んで、それがふと外へと漏れだしているのがとてつもなく恥ずかしい。
 純太は私の動揺を知ってか知らずか、わざわざフォークを持つ手を取って差し出されたそれを口にする。その手はすぐに離れたのだが、私を見る目が意地悪なものだったので早くも前言を撤回させてもらおう。こいつは全部わかっていてこういうことをしてくるのだ。油断していると突如質の悪さを発揮してくるのが純太という男だった。ずっと変わっていない。それを忘れていた私も愚かだった。
「ん、たしかにうまいな」
 純太は余裕そうに笑っているのに私の頬は熱くなる一方だ。それが悔しくて、抵抗すべく純太の方へと脚を伸ばしてもゆとりのあった席が突然狭くなることもなく、私の脚はむなしく空を切るだけだった。
「……純太、それ食べたならもう作れるよね。明日の朝はフレンチトーストでよろしく」
「なんだよそれ、理不尽だな」
 羞恥心を誤魔化すべく言い出した私の無茶ぶり。それに対して純太は苦笑を浮かべているがおそらく明日の朝私はフレンチトーストを焼く匂いで目覚めることになるだろう。甘やかしてくれる純太も、さっきみたいに突然意地の悪くなる純太もどっちも好きで仕方がないのだ。これが食べ終わっても、今日のデートが終わっても純太との甘い時間が続きますように。そんな願いをこめて、私は残りのフレンチトーストにフォークを伸ばした。
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