第21回 | ナノ
カーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚めた。…まだ寝足りない。長期で家を空けると言っていた彼は、きっと今日も帰ってこないはずだ。朝ご飯は抜いて、お昼過ぎにでも何か作って食べよう。もぞもぞと布団にもぐりこんで丸くなる。聞き慣れた着信音が聞こえた気がしたが、薄闇の中で、ふわふわと揺蕩う感覚を最後に意識は遠退いていった。



ソファーで毛布の塊がもぞもぞと動いた。ブランケットのふくらみの端を持って少し捲ると日焼けしていない白い爪先が外気から逃れるように引っ込んだ。ぱっと手を離してみると、またもぞりと塊が動いて今度は頭が、顔が。眠たそうな目をした彼女が目元だけ出してこちらを見てくる。前髪に面白いくらい寝癖がついている。にっこりと笑顔を見せるとびくんと大袈裟に肩が跳ねた。どうやら携帯はまだ見ていないようだった。帰ってくるとわかっていたら寝こけているはずがないから。
ソファーの間近で屈み込む。
「…おかえり、なさい」
「ただいま」
寝起きのかすれた声に頷く。
きゅうう、とせつない音をあげたお腹。俺のじゃない。彼女がブランケットに潜り込む。そんな彼女に声もなく笑って、ブランケットに隠されている脇腹あたりをぽんぽんと撫でてやった。
「ちょっと待ってて。ねえ、何が食べたい?」
「……ぱんけーき」
消え入りそうな声に、思わず笑ってしまった。恐らく自分で作るつもりであっただろうそれの材料は、きっちりと台所に用意されていたのをちらっと見た。
「前髪すごいよ」
「……うん」
むくりと起き上がった彼女はタオルケットを適当にたたみ、躊躇いがちに前髪へ触れる。髪の毛が短いと寝癖もひどいと聞くが、今日は一段とひどい。写真に撮りたいくらい。
まだ少し眠気から醒めないのか洗面所へ向かう足取りが覚束ない。何もないところで転ばないか、洗面所へ消えたちいさな背中を確認してから自分も立ち上がる。
台所に用意されたパンケーキの材料と冷蔵庫の中から取り出したもので、付け合わせのものとパンケーキを焼いて皿に盛りつけた。


二度寝する前に携帯が鳴るのを聞いた気がしたけど、気のせいではなかったようだ。
良い夢でも見ているような、願望に似たまぼろしが目の前に現れたようなーー寝惚けているのかと思った。昔の夢を見ていて、そっちが現実だった頃の夢を見ているような。…考えていてよくわからなくなる。この世界の価値観も、言語も、文化も、わたしにはわからない。考えるのは辞めた。不毛だ。
洗面所の鏡に映る自分の顔は日に焼けていなくて、白いを通りこして青褪めているように見える。自分の間抜けな寝癖を片手で撫でつけるが、直りそうもない。自分で見てて笑えてくる寝癖だ。
蛇口を捻ると水が勢いよく流れる。両手を皿のようにして水をすくい、前傾姿勢になりながら顔をすすぐ。ばしゃばしゃと適当にすすいで、ついでに前髪も濡らした。濡れてぺったんこになった前髪を見たら何故か笑えてきて、唇が歪む。うん、寝癖はこれでなおるね。きっと。
廊下へ向き直り、台所を覗くと誰もいないが、なにか香ばしいにおいに頬が緩む。リビングの扉を開けると金髪がさらりと揺れて、緑色の双眸がわたしを捉えた。
「シャル、ありがとう」
「うん。ほら座って食べなよ、冷めちゃう」
「はーい」
ソファーに座る彼の隣に腰を下ろす。フォークとナイフをとって食べ始めるわたしを、彼は微笑ましそうに見てくる。食べてる姿を凝視されるのは何となく気まずい。思わず、バターののったパンケーキの欠片をずいと差し出すと、シャルナークの目が丸くなった。
「おいしいよ」
「…うん、俺が焼いたからね」
「それもそっか」
ぱくり。フォークの先端に刺さった欠片を一口で食べ、咀嚼して、飲み込む。彼は器用だからパンケーキだって形もよくふっくら焼く。わたしが焼くとどら焼きみたいな不恰好になってしまう。料理は男の方が凝りはじめると上手くなるのは本当らしい。
「ねえ、久し振りにゲームしようよ」
リビングの一角にしまいこんであったゲーム機を引っ張り出す。コードをセットして電源をいれるとどこか懐かしいBGMがリズムよく流れ出した。
まあ結局一撃いれるだけで負け続けたけど。ほんとうに大人げないよね。

「あ、夕飯の買い出し行かなきゃ」とまるで思い出したかのように呟いた彼はコントローラーをわたしに手渡してくる。眩しい笑顔で片付けておいてねと言う彼に、思わず足が出た。
「足が短いからとどいてないよ、それじゃ行ってきます。お風呂沸かしておいてねー」
蹴撃はたやすく避けられる。白っぽいパーカーを羽織った彼を、舌をべーっと出して見送る。仕方がないからゲーム機は片付けておいてあげよう。お風呂も沸かしておいてあげる。

遅い朝ごはんも、ゆったりとした時間を感じられる午後も、たまには悪くない。

end.
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