第21回 | ナノ
『冬木プリンでお馴染みのこのお店!新作スイーツとして冬木シュークリームが発売され、早くも人々の人気を集めており──』


ナレーションと共に流れる映像は、エフェクト効果によってキラキラと輝くシュークリームだった。
ナレーションの説明によれば、サクサクの甘い生地の中には、北国から仕入れた牛乳と卵を使って作られた濃厚なカスタードクリームと共に、甘く熟した大粒の苺が一つ。そして冬木をイメージして振り掛けた粉砂糖と、細かなアーモンドが散りばめられた一品──…らしい。

冬木プリンとは違い、二十個の限定販売ではないものの、売れ行きは好調で、毎日売り残りはないみたいだ。



──ここで、言っておきたいことが一つある。
シュークリームには、大概粉砂糖が振り掛けられている。
冬木をイメージしたと謳ってはいるが、そんなものはただのこじつけである。これは単に、冬木市民に多少なりとも親近感を持ってもらいたいという魂胆なのだ。

シュークリームに粉砂糖を振り掛けることで冬木をイメージする行為に繋がるならば、東京のコンビニで発売されているシュークリームや、フランスで売られているシュークリームも、粉砂糖がかかっていれば、冬木イメージのシュークリームになってしまう。
そもそも、冬木はあまり雪なんて降らない。「冬木」という名前だけしか見てない何よりの証拠だ。

別にこれといって冬木の地に愛着はないが、この地由来のものを作るのなら、もっとちゃんと考えて作って欲しいものだ。苦しい言い訳じみた印象を受けるし、買わせようという下心が見え見えである。



だから、この冬木シュークリームとかいうシュークリームを買うよりかは。変なこじつけもなく、ただ単に「需要があったので生産しました」と温かみもへったくれもない、コンビニやスーパーで売っているシュークリームを買った方が気持ち的にもお財布的にも良い。

だから、私は冬木シュークリームなんて買ったりはしない。
何より高い。
一個三百八十円なんて、安売り時のもやしが一体何個買えることだろう。冬木シュークリームは贅沢品であり、貧乏人には手の届かない場所にある。贅沢は敵だ。

私は冬木シュークリームなんて、買ったりはしない。買わない。
というか、買えない。お金がない。



「知らん。いいから買ってこい。これは庶民王たる我の命令だ」
「…………」


ルビーのように紅く輝く双眼の視線は、傷一つない手入れの行き届いた綺麗な手の中に収まっているDSの画面へと落とされている。反論、断り、泣き言全て受け付けないつもりなのか、私と目すら合わせようとしない。


この世の全てを得た英雄王が庶民の中の庶民の頂点に君臨する存在・庶民王になるべく、庶民である私の家──といってもアパートの一室だが──に転がり込んできて、今日で三日目だ。庶民王というからには庶民の暮らしに馴染むべく努力し、庶民の汗水垂らして働く姿を見習うのだと思っていた。庶民の生活を学び、庶民の苦労を知り、庶民である私と同居生活を送るのだと。


だが、それは一日経つか経たないかの内に、「庶民王とはそうあるべきものである」という私のそうであって欲しいという思い込み、または幻想でしかないことを知った。


こいつ、英雄王──またの名を庶民王ことギルガメッシュ──は、何もしないのである。腹が減れば飯を作れと言い、ゲームで遊びたくなればコンセントを挿せソフトを変えろと言い、何か欲しいものを見付ければ買って来いと言う。自分では動くことなどせず、ただただ私がしてくれるのを待つだけで、本当に、本当に何もしない。するのはゲームと飯の催促と文句だけ。
そんな暴君のような行いをする者に庶民王と名乗る権利などあるだろうか。
いや、ない。あっていい筈がない。


「庶民の王はそんな横暴なものじゃないと思うんですが」
「黙れ。下流階級の貴様に庶民王が何たるか説かれる覚えはない。庶民王の定義は我が決める」
「それってつまり、通常運転の我儘王になっていようがいまいが…ギルガメッシュさんがそうだと言えば庶民王のやることだということに──」
「喧しい。貴様は黙って我の為にその身を尽くし、庶民的な生活を送り続けることが使命なのだ。我の為に動くこと──これ以上に名誉なことなどないぞ?」
「……………」


そりゃあ当時のウルクの地に住まう民からすれば、王自らに命令されるとあらば穴という穴から液体を垂れ流しながら狂うレベルだったかもしれない。だが、私は日本に生きる現代人なのだ。ギルガメッシュさんに命じられたからと言って別段嬉しくはないし、むしろ面倒臭いという気持ちしか浮かばない。


私が不満たらたらのオーラを出していることに気付いたのか、DSをぱたりと閉じたギルガメッシュさんはおもむろに立ち上がる。
そしてテレビの前を陣取る私の後ろに立つと、むんずと髪の毛を鷲掴みにして自身の端正過ぎるお顔に近付けてこう言った。



「買えぬというのなら、作れ」




***




『シュークリーム 作り方』

二つのキーワードを入力し、検索のボタンを押す。そうすれば何万ものサイトがヒットした。
やはり時代はインターネット社会である。おかずレシピ本ならあれどスイーツレシピ本など買ったことすらない私には有難い限りだ。
材料以外の出費も抑えられるし。
…ああ、こうして出版業界は廃れていくのである。

諸行無常とはこういうことかと考えながら、とりあえず検索結果の一番上にきていた大手のレシピサイトにアクセスする。するとずらりとシュークリームのレシピが並んだ。いっぱいあり過ぎてより取り見取り状態だ。逆にどれがいいのか分からない。

適当に、美味しそうだと思った写真のレシピの詳細に飛んでは戻り、飛んでは戻り…を繰り返す。ざっと見た限り、シュークリームを作る為に必要な材料は、買いに行かなくても家にある材料で十分そうだった。良かった。



「…………?」


繰り返している内に、ある問題に気付く。





買えぬというなら、作れ。……というギルガメッシュさんが私に命じた命令。

まあわかる。
…わかりたくないけど。


問題は次だ。


それは「冬木シュークリーム」を作ればいいのか、それとも「ただのシュークリーム」を作ればいいのか、である。

きっと、ギルガメッシュさんは前者の意味で言ったのだ。

普通なら「冬木シュークリームなんて食べたことないんだから味とか分かるわけないじゃ〜ん」と断然後者になるが、ギルガメッシュさんは、残念ながら普通ではない。まとも、正常、常識。これら全てから逸した存在なのだ。あんなのが普通であるわけがない。仮にあれが普通としてまかり通っていたなら、今頃世界は滅亡している。
冬木シュークリームを作れと言ったのなら、シュークリームではなく冬木シュークリームを作らなければ駄目なのだ。


冬木シュークリームは食べたことがないから作れない。
そんな真っ当過ぎる言い訳が、ギルガメッシュという傍若無人な半神半人に通じるとは到底思えなかった。
「食べたことがない?そうか。早く作れ」と言う彼の姿が目に浮かぶ。会話のキャッチボールは出来ている筈だが、間違いなく出来ていない。途中からドッジボールになっている。
もし食べたことがあったとしても、私はパティシエでも何でもないので味を再現しろだなんてどちらにしろ無理な話だった。店の大事な売り物のレシピなんて企業秘密だ。トップシークレットだ。



「はぁ……」


重い溜息に反応する人間はいない。

私を理不尽に惑わす命をほざきなさった庶民王様々は、ふらりと外に出て行ったっきりだ。そのまま庶民王という名前を捨てて帰って来なければいいのに、と思う。


「………」


このままぐだぐだしていてもどうにもならない。今後予定されるであろうギルガメッシュさんによる試食、批評イベント云々は忘れて、とりあえずは作ってみよう。思えば、シュークリームみたいな本格的なスイーツは作ったことがなかった。これを切っ掛けに、料理のレパートリーが一つ増えるかもしれない。出来映え次第では自信がついて、他のスイーツを作る意欲が湧くかも……。


前向きなことを考えて、深呼吸を一つ。
丁度開いていたシュークリームのレシピに目を落とせば、美味しそうな写真が写っていた。今回使わせてもらうレシピは、君に決めた!とどこぞのトレーナーの如く決め台詞を心の中で呟き、腕捲りをする。


上手く出来たら明日のおやつにしよう。
上手く出来なくても……明日のおやつにしよう。



***




「まさか本当に作るとはな」



帰ってきてからの第一声がそれだった。匂いで分かったのかもしれない。

あんたが作れって言ったから作ったんですけどね、と心の中で返しながら、冷蔵庫の中に入っていることを伝える。彼はその辺にジャケットを投げ捨てると冷蔵庫の方へ向かっていった。可哀相なジャケットを拾い上げてハンガーにかけてあげるのは、誰でもない私の役目である。


「…テレビで見たものとはまったく別物のようだが」


予想通り、不満そうな声が上がった。一度テレビで見たくらいで実物すら見たことのない物を、プロですらない私が作れると本気で思ってたんだろうか。ギルガメッシュさんの頭は絶賛お花満開中なのかもしれない。枯れてそのまま腐って欲しい。


「……ふ、冬木で作られたシュークリームならそれはみんな冬木シュークリームです」
「詰まらん頓知を求めた覚えなどない」



横目で睨み付けられてから、顔を顰めながら冷蔵庫からシュークリームが取り出される。
摘まれながらの取り出し方に、私も思わず顔を顰めた。
そんな汚物扱いしなくてもいいだろう。売り物と比較すればそれは劣るかもしれないが、見た目はそんなに悪くないし、味見をしても別段不味くはなかった。カスタードだって、変にくど過ぎず、かといって甘さを控え過ぎな味になるようにした。初めてにしては上出来な方だと思う。

良くも悪くも、普通のシュークリームである。ちなみに十個ほど作った。




「…はぁ……、…」


溜息吐きやがったぞこいつ。

静かに殺意を揺らめかす私を知ってか知らずか、シュークリームが一口だけかじられる。咀嚼している間、ギルガメッシュさんは仏頂面で私を見ていた。多分この顔からして、お気に召さなかったのだろう。成金の舌に、庶民の…ましてや素人が作ったお菓子なんて合うわけがないのだ。このままキレて激情に任せて出て行ってくれたりしないかな。


ごくん、と飲み込んだギルガメッシュさんが「不味い」と言うか、「微妙」と言うか。はたまた「そこそこ」「死ね」と言うか。表情に出さないまでも、内心柄になく緊張していた。



一口かじられたシュークリームを私に手渡した王様は、小さく伸びをすると「さて……おい。バイオの続きをするぞ」とわくわくした顔でゲームの起動準備をするよう私を促してきた。



……いやいや…。


「感想は…?」
「ん?何のだ」
「シュークリームを食べた感想ですよ。『不味い』とか『もう食べたくない』とか『シュークリームに似て非なる何かか?』とか、ないんですか」


どれもマイナスな感想ばかりだが、ギルガメッシュさんが人を褒める言動をするなんて天地がひっくり返るくらい有り得ないので仕方がない。

そんな私の言葉を聞いたギルガメッシュさんは「はぁ?何言ってんだこいつ」とでも言いたげな表情を浮かべる。


「何故貴様に美味いだの不味いだの何だの言わねばならぬのだ。そんなことより、貴様は我に謝辞を述べるべき立場にあるのだぞ」


思わず「はぁ?何言ってんのお前」と命知らずな言葉が口から出かけたが、その衝動を反射的に抑えた私は忍耐力が100程上がったと思う。
「──この庶民王たる我が、貴様の作った菓子をわざわざ食ってやったのだ。残念ながらこの菓子に喋る口は持っていない故、代理として謝辞は貴様が述べろ」
「……わざわざギルガメッシュさんのリクエストでシュークリームを作った私の徒労はどうなるんですか」
「たかだか洋菓子一つ作ったぐらいで図に乗るなよ、雑種」



キッと殺気の篭った目で睨まれる。
これ以上ああだこうだ言っていると拳か蹴りの一つでも飛んできそうだった。私が一言お礼を言えば丸く収まる話だ。別にギルガメッシュさんにシュークリームの感想を聞かずとも、私が食べて美味しいと感じたのだ。だから、それでいいじゃないか。


もやもやと悔しさが混ざる中、心にもない謝辞を述べれば、どや顔のギルガメッシュさんが「いいからさっさとゲームの準備をしろ」と偉そうに言う。殺意で人が殺せたならば、今頃ギルガメッシュさんはその辺に血を撒き散らしながらぶっ倒れていることだろう。この世が猟奇的な世界として成り立っていなくて良かった。




「──なまえ」
「……何ですか」



PS3の内蔵データ吹っ飛べ!全壊しろ!と口には出せない願い事を繰り返し念じながら電源を入れていると、名前が呼ばれた。つまらなそうに爪を弄りつつゲームの起動を待っているギルガメッシュさんは、こちらに視線を寄越さないまま口を開く。



「明日はフルーツロールケーキだ」
「は」
「…そうだな。フルーツは五種類程入れろ。でなければ殺す」
「あの──」
「我の言葉に異を唱えるのなら殺す」


有無を言わせない言葉が、私の口を閉ざした。



………えーと……。
リクエストをした、と言うことは、不味くはなかったということなんだろうか。
私が幾ら追究しようとしたところで、この王様は美味いとも不味いとも言わないのだろう、ということは何となく分かっていた。


「…分かりました。作りますね。電源入ったのでゲームやるんでしたらどうぞ」
「一動作が鈍い。間抜け」


ソファーへ座るなりゲームを始めるギルガメッシュさんを尻目に、冷蔵庫に眠るシュークリームのことを考える。


……ここは、美味しいと思ってくれた、と思っていた方が、私の為にもいいだろう。


……私も食べよう。

味見だけでは物足りないと不満を漏らしていた食欲を満たす為に、私は冷蔵庫へと向かうことにした。




作った十個前後のシュークリームが底を尽くまでのこの数日間、夜な夜な「誰か」が食べていく所為で減っていくシュークリームに全力で気付かないフリをするのは、また別の話である。
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