高校卒業と同時に同棲を始めた。スガや旭をはじめ、清水たちに言えば、妙に納得というか、ああやっぱりなという顔で、そうと返された。あまり驚かないなと聞けば、俺となまえが同棲するしないという話が、高校時代からまことしやかに噂されていたかららしい。そんな噂があったのか、と知らなかった俺は、感慨深く頷けば、まああれだけ夫婦みたいなやり取りをしていたら仕方ないとスガが呆れたように口にした。それに旭と清水が揃って確かになんて言うもんだから、そんなやり取りしていたかと振り返ってみるものの思い当たるようなことはなくて、ただやっぱりあの頃からいつかはなまえ同棲するんだろうなとは思っていたから、そんなもんなんだろう。そして今に至るわけなんだが、そんな誇らしげにしなくてもいいと思うんだがな。 なまえとは違う大学で、清水が一緒だと言っていた。旭は就職、そして俺とスガは偶然にも同じ大学だった。だからこそ、俺たちの家庭と言っていいのか分からないが、事情には恐らく一番明るいだろう。 そんなある日、俺たちの元に、西谷と田中の連名でやけにテンション高めのメールが届いた。内容は久しぶりに一緒にバレーをしないか?というもので、それに二つ返事で答えたのは言うまでもなく、ほかに旭にも送っているらしい。けど、清水の名前がないところを見ると、どうやら清水の連絡先は知らないみたいだ。可哀想だから、ここはサプライズで清水も連れて行くかとスガに言われ、あいつら騒がしくなるぞといつかの時と同じように言っていたら、ニカッと笑ってそれが西谷たちだべと返されて、納得してしまった。 学生の俺たちと仕事をしている旭とでは生活時間が違う為、バレーをするのは休日、こと日曜日になった。それをメールで伝えて、弁当持って来て下さいという西谷からのメールに返してからなまえに声を掛けた。 「なまえ、今度の日曜なんだけどな、弁当頼んでもいいか?」 「珍しい、学校?」 「いや、西谷たちと久しぶりにバレーすることになってさ。弁当持参ってメールきたんだ。だから、弁当頼むわ」 「分かった。久しぶりにバレーするなら少し多めの方がいいよるね。あ、レモンのはちみつ漬けも作るから、みんなで食べてね」 「おう、ありがとな」 どう致しましてと笑うなまえにいつも思うことがある。栄養やカロリーに気を使って作られているなまえの弁当は、それだけじゃなくて味も美味いし、見た目も彩り豊かだ。大学の学食を利用しているスガや同じ学部のやつらに羨ましがられるくらいに。そんななまえの弁当をいつも食べているからか、ほかのものを食べてもそんなに美味いと思えなくなっていて、いいんだか悪いんだか、正直なところどう捉えればいいのか困る。まあ、それだけ胃袋を掴まれてるってことなんだろうけどな。 そして迎えた日曜日、朝からテーブルの上にはこんがりとほどよく焼けた魚に白味噌を使った長ネギと豆腐の味噌汁、ふっくらと炊きたての白米、そして納豆とサラダが並んでいた。その傍らには少し大きめの弁当も置いてあった。 「いただきます」 「どうぞ召し上がれ」 口に運べば相変わらず美味い料理に自然と箸が進む。ニコニコと微笑みながら見ているなまえに美味いよと言えば、嬉しそうに良かったと笑みが深くなる。ゆっくりと料理の味を楽しむように食べていれば、時間はあっという間に過ぎていて、気付けば家を出なければいけない時間になっていた。 「ごちそうさま」 「お粗末さまでした」 「今日も美味かったよ。いつもほんとにありがとな。なまえも忙しいのに」 「忙しいのはお互い様でしょう?あ、ほら…お弁当忘れたらお昼ご飯抜きになっちゃうよ?」 ああ、ほんとだと入れ忘れた弁当を鞄に入れて、行ってきますと声を掛ければ、当たり前のようにその声に行ってらっしゃいと返ってくる。そんなやり取りが心なしか足取りを軽くした。 通い慣れた烏野高校までの通学路を懐かしむように歩きながら、見慣れた第二体育館に足を踏み入れる。変わらないなと思って小さく笑っていれば、大きな声が後ろからして、日向と影山が競い合いながら入ってきた。その後ろからは田中や西谷もいて、文句を言いながらも月島たちもちゃんといる。そんな姿にやっぱり懐かしいなと染々思った。 「「大地さんっ!」」 「おぉ、久しぶりだな。お前たち、みんな元気か?」 「「っす!」」 「ははっ、元気みたいだな。なんか安心したよ」 久しぶりに集まった元烏野高校排球部のメンバーはあまり変わってなくて、武田先生や烏養コーチも健在だった。スガや旭も、あの清水でさえ懐かしいなんて口に出していたから、やっぱりここは高校三年間過ごした中で特別な場所なのだと実感した。 大学でも続けているとは言え、やっぱり鍛え方が違うのか、それともそれなりに強くなったからなのか、恐らく後者ではないかと思うが、苦手にしていたサーブレシーブをきっちり仲間やセッターに返した月島や日向には目を見張るものがあった。サーブが苦手だった山口もバンバン決めてくるし、田中や西谷は相変わらずみたいだけど、みんな少しずつ成長してるんだなと思うと何とも言えない気持ちになる。なんて言えば、スガにお父さんか、と言われるに違いない。 「よーし、休憩!昼飯食い過ぎるなよ!特に田中、西谷」 「「はいっ」」 烏養コーチとのそんなやり取りにはははと笑いが起こる。懐かしいやり取りに染々思いながら、弁当の包みをほどけば、周りに集まっていた西谷たちが騒ぎ出す。つられてやってきた日向も美味そうなんて言い出すものだから、相変わらず素直だなと思った。 「大地さんの弁当美味そうっすね」 「ああ、美味そうだろう?まあ実際に美味いけどな」 「みょうじの手作りだもんな。そりゃあ美味いべ」 ニッと笑ってスガが余計なことを口にした。瞬間、ガヤガヤと騒がしかった部室が一瞬にして水を打ったかのように静かになった。西谷たちは持っていた箸を落とすほどだ。 「ちょ、ちょっと大地さん?!誰っすか!そのみょうじさんって!」 「俺たち知らないんすけど!?」 詰め寄る二人に落ち着けと言っても落ち着く様子はなく、はぁと一つ息をこぼせば、元凶であるスガも苦笑をしていた。見兼ねた旭が、そっか、知らないのか…なんて困ったように三年の間ではみんな知ってたからなぁ、下の学年は知らなかったのかなんて。 「あー…まあ、俺たちの学年では周知の仲だったからな。有名だったし…なぁ?スガ」 「むしろ知らない方がおかしいみたいな感じだべ?」 ぎょっとした顔で見られるのはあまり気分のいいものではないな。こんなに弁当が食べづらいと思ったのも初めてかもしれない。 「ってことは、大地さんの今までの弁当も全部彼女の手作りってことっすか!?」 「あー…まあ、そうなるな」 「「〜っ、羨ましいぃぃ!」」 流石は大地さんっすけど!とよくわからない言葉を並べてそう豪語する西谷と田中に苦笑しか返せなかった。でも、まあ確かに羨ましいと思わないわけじゃない。彼女に弁当を作ってもらうというのは恋人ならば誰もが憧れるもので、かくいう俺も少なからず憧れはあって。付き合って暫くしてから、ダメ元で頼んでみたら意外にもあっさりと了承をもらえて拍子抜けしたのと同時に、なまえから作ってみたかったという話を聞いて同じことを思ってたんだと嬉しくなったものだ。だから、西谷や田中が羨ましがるのも分からないわけじゃない。が、凝視し過ぎだろ……。 「そんなに見てもやらんぞ」 「……っく、ノヤっさん」 「龍!」 ヒシッとお互いを慰めるように肩を寄せ合う男二人に月島辺りから冷たいものを感じながら、仕方ないとレモンのはちみつ漬けを出せば、途端にぱっと表情を輝かせるんだから現金なやつらだ。ほんとに分かりやすい。 「これをあとで食ってもいいから、弁当は勘弁な。もちろん、西谷たちだけじゃなくて、スガや日向たちも食っていいから、今はちゃんと弁当を食べなさい」 返事をするみんなを見てはぁと息を吐き出せばスガと旭に肩をポンと叩かれ、相変わらずだなと言われる。もうこういう性分なのだろう。 「でも、なんで弁当はダメでレモンのはちみつ漬けはいいんだ?大地」 「旭はバカだなぁ。そんなの決まってるべ?なぁ、大地」 「ん?おう。流石にスガは分かったか」 当たり前だべと返され、一人首を傾げる旭にこれだからヒゲちょこはというと項垂れていた。ほんとに旭は見た目のわりに気が小さいな。 「――この弁当にはさ、なまえの愛情がたっぷり詰まってるからな。流石にあいつらにはやれないだろ?でも、レモンのはちみつ漬けは、みんなで食べてって言われたからさ」 素直に思ったことを言えば、大地、恥ずかしくないの?と返され、溜め息しか出てこない。スガなんて肩をふるわせて笑っている。 そんな久しぶりの烏野高校でのバレーはあの頃に戻ったようで、なんだか、いつも以上に楽しかった。 愛情たっぷりのお弁当 (今度、日頃の感謝を込めて、もちろん、弁当のことも含めて何かプレゼントでもするか) |