第21回 | ナノ
受験勉強がこんなに辛いものだとは思わなかった。

今にも寝てしまいそうな英語の授業を終えて、休み時間で騒つく教室の中、数学のプリントを取り出す。並んだ証明問題に手が止まってしまいそうになるが、どう足掻いたってやるしかない。本格的に冷え込み始めた12月。受験勉強もそろそろ追い上げの時期だ。最近では家と学校と塾を往復するばかりの毎日である。終わらない塾の宿題に、削れる睡眠時間。だからと言って学校で手を抜くことは出来ないが、先生方からは大目にみてもらっている。周りの友達は「大変そうだね」と心配してくれているが、今はそんな声も聞こえない程に余裕が無かった。私も内部進学を選択していれば、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのにと、何度も思ったことがある。あの時、選択しなかった過去の自分が恨めしくもあるが、間違いなく自分自身の選択したことだから、逃げる訳にはいかなかった。

あっという間に、短い休み時間が終わる。プリントは半分ほど出来た。ギリギリで塾に間に合うだろうかと目処を立てていた時、隣から視線を感じた。

「……何?」
「別に」

丸井ブン太は素っ気なくそう言ったが、未だにこちらを見続けている。正確に言えば、私の手元のプリントを見ていた。

「お前さぁ、」

丸井が気怠げに言った。

「なんで外部受験すんの?」
「……行きたい学校があるから」
「すげぇめんどいじゃん」
「まぁ…そうなんだけどさ」

今まで色んな人に何度も言われたことだ。確かに受験勉強なんて面倒だし労力がかかるし、内部進学の方がずっと楽だということは間違いない。それでも私は私なりの夢があるからと、自分で選んだ道なのだ。それはどう足掻いたって変わらない事実である。

「丸井はさ、どうしてテニスをしてるの?」
「はぁ?なんだよ急に」

いいから答えてよと返せば、丸井は戸惑いながら言った。

「楽しいし、好きだから?」
「それだけ?」
「…強くなりたいから」
「もう十分強いじゃない」

すると丸井はむっとしたように私を見た。

「もっと強くなりてーんだよ」
「それと同じよ」
「は?」
「だから、私が外部受験する理由」

丸井は暫く沈黙してから、ああと呟いた。

もっと楽な道はある。それでも上を目指しているから。私は丸井にとってのテニスほど情熱をかけている訳じゃないけれど、根本は同じだと思うのだ。

とっくに始まっていた、眠たくなるような声を発する理科教師の授業。丸井と多少の気まずさを覚えながらも、私は10分も経たないうちに寝てしまった。冬の日差しの暖かさは、眠気を誘うのだ。

休み時間特有の騒音で目が覚める。いつの間にか授業は終わってしまったらしい。白紙の授業プリントを苦い気持ちでクリアファイルにしまった。結局使うことのなかったシャーペンを仕舞おうとした時、自分のくたびれた筆箱がやたらと膨らんでいることに気が付いた。開けづらくなったチャックを引くと、中にはいくつものチョコレートが詰めれるだけ詰められている。悪戯の文字が頭に浮かんだけれど、中身がチョコだということに思い立ち、慌てて隣の席を見た。生憎その人は不在だったが、鞄からはチョコレートのパッケージが伺えた。思わぬ出来事に驚きつつ、チョコを取り出していると、何度も消した跡と殴り書きがあるノートの切れ端を見つけて、私は思わず笑ってしまった。

『せいぜい、頑張れよ』

ただただ素直に、嬉しかった。
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