第20回 | ナノ
「失礼しまーーーーす!」

こうしてこの体育館に乗り込むのは何度目かわからない。バレー部の面々は見慣れた様子で各自"また来たよ"とでも言うようは顔持ちをしていた。そうです、私はいくらだって来ます。私の目標が達成されるためなら毎日お邪魔します。たとえ来るなと言われても(そんなことは決して言われないが)きっと忠犬のごとく体育館の前で部活が終わるまで待機してます。こないだそれを澤村先輩に言ったら軽く引いてたけれど私の愛はそこまで強いのです!けれど、この愛が誰に向かれているかを言うと皆は顔を引きつらせて正気かどうかと問うのが嫌いだ。恋は盲目と言う言葉があるくらいなのだから、こちらとしては快く応援してほしいものだ。

「龍ー!頑張ってー!」

きっと今の声援は彼には届いてないだろう。今日に限ったことではないが、龍はバレーをしているとき、その周りで起きていることが全く視界にも耳にも入らない。けれど、それでもいい。だって大事なのは応援をするという行為自体だから。別に見返りとか求めてない。強いて言うなら私の気持ちに気付いて欲しいけれど。幼馴染というなんとも嬉しいような嬉しくないような関係として育ってきた龍と私は冴子ちゃんを入れて三人兄弟のようだった。でも私は一度たりとも、みんなが言う"兄弟"
として龍を見たことはない。いつだって彼は私のヒーローで、初恋の相手でしかない。みんなは「どうして?」「眼科行ったほうがいいよ」とか失礼なことを吐きながら馬鹿にする。菅原さんには「恋は盲目っていうもんな」なんてあしらわれた始末。でもそれでいいかもしれない。誰でもない、私だけが龍の格好良さを独り占めできる以上の幸せはないんじゃないかって、そう思えた。

入り口でローファーを脱ぎ捨てて、靴のスキール音とボールをレシーブする音で充満する蒸し暑い空間に足を踏み入れる。もちろん視線は目の前でスパイクを決める龍を射止める。迷いのない鋭いスパイクがネットの向こう側へ決まる。バレーの知識が豊富じゃなくても、観てる側としてはすっきりする。「っしゃぁぁあ!」と雄叫びを上げる彼も、今の一発には納得がいったようだ。

「よぉし、じゃあ今日はこれで上がるぞ!各自ストレッチちゃんとやれよ」

金髪のコーチの人が集合をかけると、皆は一斉にドリンクやらタオルを持参してコート脇に集まる。
部活は体育館を出るまで、と心得ている。だからできるだけみんなが早く切り上げられるように、潔子さんと体育館に散らばったボールの回収に努める。潔子さんには「マネージャー引き受けてくれない?」と何度も誘われている。けれど、龍に会いたいからというそんな軽率な理由で引き受けられるような甘い仕事ではないと重々承知しているから、毎回やんわりとお断りをさせてもらっている。

「おっ、今日もきてるな!」
「お疲れノヤ」
「どーだ!龍のこと振り向かせそうか!」
「ちょ、そんな大声で言わないでよ恥ずかしい!」

笑顔で訊いてくるノヤの口を急いで両手で塞いで他の人に聞かれていないか確認する。彼が言うには龍以外はみんな知ってるから大丈夫、らしいけどなにが大丈夫なのかさっぱりわからない。心優しい恋の相談相手であるノヤはいい奴ではあるけれどオープン過ぎるところが玉に瑕である。でもやっぱりノヤには感謝をしている。うじうじと幼馴染という関係から抜け出すことを怖気ついていたところをいつも背中を押してくれるから。今度ガリガリ君でも奢ってやろうの心の中で密かに決めた。

「なまえちゃんも一途だよなぁ…」
「本当、田中もちゃんと周り見ろって話だよな」

次には菅原さんと澤村さんが仲良く会話をしながらこちらにやってくる。慰めなのか、二人して私の頭をグリグリとペットを撫でるなようにしてくれる。

「ちょ、髪型崩れるからやめてくださいよ!」
「ん?あぁ悪い悪い。ついな、そこに頭があったから」
「その登山家みたいなセリフやめてください」

二人の大きな手のひらから逃れると、菅原さんがいきなり「今日なんか違うなぁ…」と考え込んだ。人のことをジロジロと頭のてっぺんから爪先まで凝視して、ポンっとなにかを思いついたかのようなポーズをする。

「もしかしてなまえちゃん今日化粧してる?」
「え、いや化粧っていうか…グロスだけなんですけどね。もう乾燥してきたからリップクリームだけじゃつまんないからどうせなら可愛くしたいなぁって…」

挙動不審だと思われないかな?まさか菅原さんに気づかれるとは思わなかったから驚きのあまり焦って言葉の羅列も考えずに色々捲し立ててしまった。別にグロスを塗っている事実は恥ずかしくはないけれど、その塗る理由があまりに幼稚すぎるから鋭い菅原さんなどにはばれてほしくなかった。

「なまえちゃんも健気だなぁ…」
「ちょ、なに言って…「あれ、なまえいつの間にきてたんだ?」

たわいのない話をしていると、後ろから少し遅れて龍が現れた。外ではピューピュー冷たい風が吹いているのに、半袖短パンという、見てるだけで寒気を催す格好が惚れた弱みのせいか、ただただ眩しい。練習に熱中しすぎてて私の存在に気づかないところも好き。

「さっきから片付け手伝ってたよ。それよりお疲れさま、ちゃんと汗吹いて風邪引かないようにしてね?はいタオル」

逆に「私のことだけを見て」と言う女の人が強請ることがわからない。確かに恋人になったからには構って欲しいと思うところもあるけれど、それとこれとでは違う。好きな人が好きなことに熱中できる、そういう環境も保てるのが理想じゃないかって思う。

「おう、気が利くじゃねぇか!サンキュー」
「おい田中ー!今日なまえちゃんいつもと違うと思わないか?」
「え、菅原さん?!」
「ちがう…っすか?」
「そーそー、よーく見てみ?」
「菅原さん!」

後ろからガシッと肩を掴まれて逃げ場を無くし、戸惑う私を構わずに近づいてくる龍の三白眼。眉を八の字にさせ、先ほどの菅原さんと同じく上から下まで視線をやる。けれど一つ違うのは、相手が龍であることで、菅原さんに比べて心拍数が尋常じゃないくらい激しい。笑いを堪えているノヤと澤村さんを横目で見て、笑ってられるなら助けてくれと合図を出してもそんなのお構いなしに高みの見物をかましている。さっきノヤに奢ってやろうとしたガリガリ君、取り消そう。

「フッ…わかったぞ」
「え、なにが?!」
「お前………今日買い食いしてきただろ!しかも脂っこいもん!」
「……ハイ?」
「どーせ夕飯まで待てなくて買い食いしたんだろ?お前も食い意地張ってるからなァ…それに、唇に油べっとりついてんぞ」

(((あーあ、言っちゃったよ…)))

今日こそ気付け、と願っていた三人組は頭を抱えて項垂れた。ここまでされると逆に思いっきり真っ正面からぶつかったほうが手っ取り早いのではないかという案もあるけれど、臆病な自分は決してそんなことをしない。

「い、いやだぁバレちゃったか!なんか最近お腹空くんだよね、食欲の秋ってやつかな?」
「ったくよぉ、お前間食ばっかだと晩飯食えなくなるぞ。まぁその気持ちわからなくもねぇが」

ポン、と子供にお説教するときのように頭を撫でられる。さっきまで力強いスパイクを打っていた手と同じ、でもどこか優しくて心が自然と満たされていく。

「しょーがねぇ!帰りに俺様が肉まん奢ってやるよ!」
「何威張ってんだよ田中、いつも大地に奢ってもらってくせにー」
「ぐっ、そ、それは…!」

菅原さんの鋭いツッコミに狼狽える龍。さっきまでの堂々とした姿が一瞬にして崩れてしまう。みんなに囲まれて、頭をグリグリといじられながら「ちょ、やめろお前ら!」と嫌がる彼もなんだかんだで幸せそう。何度彼と同じ空間に踏み入れることができたら、と願ったことか。でもそれは叶わないことなんて分かってるから、せめて次にあなたが帰る場所になりたい。

「じゃあゴチになります!ありがとう龍」
別にリップのことを気づいてもらわなくてもいい。細かいことに気づかなくても気にしない(でもやっぱりたまには気づいてほしい)。ただこの笑顔に、私の精一杯の嬉しさが伝わっていると思えば、明日からも自分に負けずに頑張れる。
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