第20回 | ナノ
愛されるというのは満たされるものである。しかし、それが満たされてしまっては面白くは無いだろう。誰か偉い人が言っていた覚えがある。退屈になってしまうのだ、と。

「_そうね、」

今は居ない彼に向けてぽつりと好きよと言ってみた、が、当然傍には彼が居ない為返事が帰ってくる筈も無い。しん、とした白い壁の部屋に声が吸い込まれて行くだけで、響く事も無い。何だか、虚しい。

独りというのはこんなに寂しかっただろうか。親さえも小さな頃に死別した私にとって寂しいというのが良く解らない侭で居た。だが、しかし、彼と愛に転がり落ちてからは良く解らないそんな気持が浮かんで溶けていっている。現在進行形。

机に頬杖を付いて足を組んだ。


_玄関のドアが開く音がした。


私の耳は直ぐにそれに反応し組んでいた足を解き、玄関へと走る。リビングと玄関はドア一枚隔てており、寒い冬ではこの玄関側の廊下はとてつも無く寒い。温度は低い、やはり今も。彼は、寒いなと呟いた。

彼越しに見えるドアの奥の外界は白い粉がふらふらと舞っている。雪だ、雪が降っている。久しぶりに見た雪に、私の心も舞っていた。


「ただいま…、突然振られちゃって、」
「寒かったんじゃない?…言うまでも無いか。暖かい飲み物を、」
「ああ、じゃあお願いしようかな」


首に巻かれた、何時か私が彼の誕生日にプレゼントしたマフラーがゆるり揺れる。彼の好きな桜んぼを想像し、学生の頃彼が来ていた緑の長ランも混ぜて、赤と緑のチェック柄デザイン。まるでクリスマスだ。

あと一、二ヶ月先の事さえも考えられる程こんなに平和になって良かったと思う。あの時の戦いで彼を命賭けて守らなかったら、─、今頃どうなっていたのだろうと考えると、寒さで無く恐ろしさで体が震える。




ふろふろ、とゆっくり天井から降りてくる暖かな風を見るように、彼はそこに立ち体を温める。なんだろう、生き返る、って言うけれど、見てる此方も彼がどんどん本当に生き返っている様に見える。あったかくなってきた。


「凄く暖かい、」
「暖房付けておいて良かった…、丁度私も寒くって、」
「あはは。だんだん冬に近づくね。あの時みたいに学ラン着ようかな」
「やだ、未だあるのあの緑長ラン」
「それがあるんだよ」


多分僕の部屋のクローゼットの奥底に肥しになってるかも、─… あ、もしかしたら私もあるかもしれない。探そうかな、─


あの制服に染み込んだ汗や涙や血や感情や、想い出、は。


今も絶対消える事は無く奥に入り込んでいる。あの時から彼に淡い恋心を抱いていた私にとって、あの制服は何時迄も着ていたい様な気がする。あの制服さえ着ていれば、またあの感覚が思い出せそうで。

今は私服の私達でもあの頃に戻れるんじゃあないだろうか、なんて



「上手にココアが出来ましたー」
「わあ、でも君の作るココアはとても熱いんだよなあ」
「美味しくない?」
「まさか。そんな事は無いよ。美味しいよ」
「熱いだけね」



暖かい方が美味しくもなるけれどね、と彼は苦笑する。
どうやら彼は猫舌らしい。私は熱いのが好きなので良くその感覚が判らず何時もこうなる。でも、この言動が"愛"なのかなと考えれば、多分彼も何とも思っていないんだろう。多分。



「今日何か面白い番組あったかなあ」
「歌謡ショーとかじゃあ無いか?…あちッ」
「ストロー居る?」
「笑いながら言わないでくれ」



ふう、とその白いマグカップから立ち上る湯気を優しく吹き飛ばす彼。



「ねえ知ってた典明、」
「え?」

「その冷ます、ふーって息と温める、はーって息は同んなじ温度なんだってよ」
「うん知ってるよ。なんだろう、気休めみたいなものかな」

「やるよね」
「うん」




私にとって、また口につけたココアは少しぬるい気がした。
愛とは、ぬるい程が丁度いいのだ。



ちょうど、このココアみたいに。



Love fed fat soon turns to boredom.
「満ち足りてしまった恋は、直ぐに、退屈になってしまうのである。」
- Ovid(オヴィディウス)
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