第20回 | ナノ
「みょうじさん、だよね?」

実力テストの順位表を眺めていたら、突然呼ばれた私の名前。
私を呼んだ男の子は高校生活二年目を迎えた私にとって初めて話す人だった。

「そうだけど、あなたは?」

男の子は歯を見せて二カッと笑う。
太陽のようにきらきらと眩しい笑顔に私は反射的に目を細めてしまった。
そんな私の反応を気にせず、男の子は順位表を指差しながら言う。

「俺ね、みょうじさんと同じで52位なんだ!」

私も男の子の指先を辿り、もう一度順位表を見る。
私の名前の隣には同じ順位、同じ点数の結果を出している小金井慎二という名前があった。
思えば、この名前には見覚えがある。
確か、私が1年の時からこの名前と私は隣同士に並んでいた。

「小金井くん…?」

「そうそう!その小金井くんが俺のこと!」

男の子、改め、小金井くんが私に向かって手を差し出す。
初めまして、と小金井くんは笑顔を浮かべていた。
それが私達の初めての出会い。
そして、私の運命を大きく変えた日だった。


心臓に響くようなボールの跳ねる音。
その音に誘われるように体育館の扉を開ければ、さらに大きな音が私の鼓膜を揺らす。
部員達のかけ声、リコのホイッスルの音、バッシュのスキール音、私はたくさんの音達を聞きながら邪魔にならない程度の場所にある体育館の壁に背を預ける。
しばらくすると音は全て消え、今日の練習は終わりを告げた。

「みょうじ!お待たせ!」

練習が終わったらすぐに私の元へやって来る小金井くんに私はクスッと笑う。
汗をタオルで拭いながら今日あったことを一生懸命伝えようとする小金井くんに羨ましく思った。
だって、私には夢中になれるものがないから。

「ちょっと小金井くん!彼女といちゃついてないでさっさと後片付けしなさい!」

「いっ、いちゃついてないからな!?」

リコにからかわれたのが恥ずかしいのか、小金井くんの頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
それから慌ててみんなの元へ戻って行った。

「リコ、あまり小金井くんのことをからかうのはよくないよ」

「いちゃついてるように見えるから仕方ないじゃない」

「それに、私、彼女じゃないから」

リコに向かって曖昧に笑みを向ける。
すると、リコは深く溜息を吐いてから、ちらりと小金井くんに向かって視線を向ける。
私はそのリコの横顔をただ黙って見つめた。

「なまえだって気づいているでしょ、小金井くんの気持ちに。私はお似合いだと思うわよ」

「まさか、そんなことないよ」

小金井くんの気持ちに気づいているのか、恋人としてお似合いなのか、私は主語をつけずにそう返した。
リコにはどちらの意味で伝わっているのだろうか。
正直、私は二つの意味で返事をしているのだが。
少し会話をしてからリコも後片付けをしに行ってしまう。
リコの背中越しに見える小金井くんの姿を私はぼんやりと見つめていた。


私と小金井くんはよく似ている。
顔立ち、性別、性格と全く違うのだが、どういうわけか同じ人物のように似ていた。
いや、同じというべきかもしれない。
好きな食べ物はバウムクーヘン、嫌いなものは鳩とアボカド、テストの順位と点数は常に一緒。
でも、小金井くんと私には決定的に違うものがあった。
何事にもそこそこできて満足していた小金井くんだが、バスケだけは違う。
バスケだけは唯一夢中になれるものだった。
私も何事にもそこそこできてしまい満足していたが、だけど、夢中になれるものはない。
だからこそ、私にとって小金井くんの存在は太陽のように眩しかった。
リコ曰く、私と小金井くんは器用貧乏というものらしい。
器用貧乏は何事にもそこそこできるが特別秀でた才能がない、平々凡々。
しかし、そこそこできてしまい飽きるを繰り返す器用貧乏は、一つのことに夢中になり、最後までやりきった瞬間凄まじい力を発揮する。
それが今の小金井くんの姿だとリコは言っていた。
私もいつか夢中になれるものに出会えるのだろうか、ただただ、今はもどかしくて仕方がない。


ある日の放課後のことだった。
鞄を肩にかけて教室を出る、今日も日課になりつつあるバスケ部の元へ顔を出すか迷いながら廊下を歩いていると、視界の中に消えてしまいそうな水色が入ってくる。
見慣れた姿に私は迷わず声をかけた。

「黒子くん、これから部活?」

私が声をかけると黒子くんが私を見つめて挨拶をする。
しかし、普段表情の変化に乏しい黒子くんが困った表情を浮かべていることに私は気づいた。

「どうしたの?」

黒子くんの表情を覗きこもうとして私はあっ、と小さく声をあげる。
私の視線の先には黒子くんの制服のボタンが取れかけているのが見えたのだ。

「着替えた時、何処かに引っかけてしまったみたいなんです」

「これ、また着替えた時には取れちゃいそうだよね」

ふと、私は鞄の中にソーイングセットが入っていることを思い出す。
どうせこのまま真っ直ぐ帰る予定はなかったので、私は黒子くんにボタンを直すことを申し出た。
最初は遠慮して戸惑っていた黒子くんだが、最終的には首を縦に振ってくれる。
そんな軽い気持ちで私は黒子くんから制服を預かったのだった。


ボタンを直してからいつものように体育館に向かう。
黒子くんに制服を渡せば、興味を示したバスケ部の面々がわらわらと集まってきた。

「みょうじって、手先が器用だよな」

「そういえば、なまえって家庭科とか美術とかでよく賞を取ってるじゃない」

小金井くんとリコの言葉に私は目を丸くする。
ボタン一つでそんなことを言われるとは思ってもいなかったから、凄く驚いてしまった。

「人並みだよ、これくらい」

「いやいやいや!こんなに丁寧で綺麗には直せないって!」

「大袈裟だよ、もう」

「いーや、カントクだったら余計に悪化させてると思う!」

最後の一言が余計だったせいで、小金井くんの頭がリコによってハリセンで叩かれる。
スパーン、と痛そうな音を聞いて私は苦笑いを浮かべた。

「でも、賞を取るくらい、なまえは絶対に手先が器用だと思う。私が言うのだから間違いないわ!」

パチンとウィンクを飛ばすリコの視線を受けながら、私はしみじみ思う。
よく考えれば、私は幼い頃から折紙やビーズアクセサリーを作ることがとても好きで、楽しかったことを覚えている。

「私にもあったのかな、秀でる力が」

小金井くんのように、夢中になって発揮する才能とやらを私もあるのだろうか。
本当に、手先が器用なことが私の特技だとしたら、この平々凡々を抜け出せる日が来るのかもしれない。

「小金井くん」

「ん?」

「ありがとう」

きょとんと目を丸くさせる小金井くんに私はにっこりと笑う。
なんだかストン、と心の中にあった重りがなくなったような気がした。

「それにしてもさ、俺達ってとことん似てるよな」

ふと、小金井くんが溢した言葉に私が首を傾げる。
すると、小金井くんが歯を見せて笑った。
私の憧れている、太陽のような笑顔を。

「俺さ、プラモデルを組み立てるのが好きなんだ。ほら、細かい作業が好きだなんて、みょうじと一緒だろ?」

ねぇ、小金井くん。
いつか、私が夢中になれるものができたら、その時はあなたにまた感謝するだろう。
これはまだ小さなきっかけにすぎないけど、あなたがくれたこの蕾は絶対に花を咲かせると約束するから。
その時になったら、胸を張って言わせてね。
テストの成績表なんかじゃなくて、ちゃんとあなたの隣に並ばせて下さい、と。


そして、私が花を咲かせたのは社会人になってから。
未来の私は服飾のデザイナーとして毎日を過ごしている。
デザイナーとして作品を仕上げることに日々夢中になっている私の隣には、今も、小金井くんがいてくれています。
私にきっかけをくれた、大切なあなたが。



わたしは器用貧乏です。
でもね、器用貧乏はいつか大きな花を咲かせるの。
秀でた才能を持つ天才に負けないぐらい、とても大きくて美しい花を。
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