「あ、やっぱり今日もいた」 「お前こそ今日も来たのかよ」 木にもたれるようにして直接地面に座っている彼は平和島静雄くんという人だ。 私と彼は何の関わりも持っていなかったのだが、数ヶ月ほど前にあまり人が集まらないこの中庭の隅の木陰で偶然に出会って言葉を交わしてから、昼休みや放課後によく会うようになった。 学校の誰もが彼のことを怖い人だと言うし、私だって会って話すまでは怖い人だと思っていた。 けれど、話してみると彼はとても優しくて、笑顔が素敵な人なんだと分かった。 それからというもの暇なときにはここに来て彼との他愛もない話を楽しんでいるいるのだ。 私は彼がもたれている木の隣の木に彼と同じようにもたれて座ってから、続けた。 「今日はあったかいねー、夏が近付いてきてるのかなぁ」 「夏は好きじゃねぇな。暑いとイライラするからよ」 「私も夏はちょっと苦手かな、夏バテしちゃうしね」 「ちゃんと食ってちゃんと寝てりゃー夏バテなんかしねぇぞ?」 「ふふっ、静雄くんっぽいね」 「あ?」 「如何にも健康!って感じ?」 「それ、褒めてんのか?」 「褒めてるよ!健康ってすごくいいことだもん」 まぁ私も割と健康なんだけどねーなんて、軽く笑いながら言う彼女を見ていると不思議と胸が高鳴って彼女の風に流される髪に指を通してみたくなった。 でも手を伸ばそうとした瞬間にふと我に返って行き場のなくなった手を自分の頭に持っていって軽くくしゃくしゃと髪を乱して下を向いた。 なんだか視線を感じて顔をあげるといつの間にか彼女はこちらを見つめていて、ふふっと笑って言った。 「静雄くんってさ、たまに髪をくしゃくしゃってするよね」 「へ、あぁ、そんなによくしてるか?」 「ううん、たまにだよ。気になるほどのことじゃないんだけどね、なんとなく思ったから言ってみただけ」 「…やっぱお前、変わってんな」 「そう?」 「俺と普通に話す女なんかお前ぐらいだ」 「そんなの、皆は知らないだけだよ。皆だって静雄くんが優しい人だって知ったら普通に話すよ」 「俺は優しくなんか、」 「優しいよ。それにね、誰だって知らないものは怖いんだよ?…あ、」 髪の毛、乱れてるよと言って躊躇なく俺の頭に手を伸ばしサラリと髪に触れて乱れた部分を直した彼女の手からはふわりと女子特有の甘い香りが流れてきて、思わず俺の頭から離れたその手を取ってしまった。 「っ、どうしたの?」 「や…なんか、なんとなく近付きたくなって」 「そ、そっか。別にいいよ?近付いて。静雄くんなら、いいよ?」 「…なんかよ、お前っていい匂いすんだよな。香水とかじゃなくて自然な感じの」 「……静雄くん、もしかして口説いてる?」 「ハァ!?」 「え、違うの?」 「ちげぇよ!」 「私は静雄くんのこと、口説いてるつもりだったんだけどな」 「な…っ」 「私、静雄くんが好きなのかも」 思わず捕らえたままだった手を放すと、彼女の方から指を絡ませるように手を握ってきて俺の目をじっと見つめながらそんなことを言われてしまった。 だから逃げ場なんかなくなってしまって、俺も、と言いかけたが言い切る前に彼女はこちらを見ていた目を閉じてしまった。 これは、あれか、そういうことか。 絡められた指をさらに絡め返して彼女にキスをした。 そして少しだけ舌を絡めてから口を離し、言った。 「…お前が、好きだ」 気温とは関係なく、体温が急上昇した気がした。 |