第2回 | ナノ
「りんごさんよぉ……恋ってなにかな」
「コイ? 魚の鯉? 願う請い? わざとの故意? 色とかの濃い?」
「あの、りんごさんわざと言ってる?」
「まっさかぁーごめんごめん」

 放課後、もうすぐ陽も落ちる時間。教室で暇潰しをしながら物理部のりんごを待っていれば、いつの間にか時間がきていた。りんごを待っていたのも、相談したかったからだ。その、恋とやらについて。
 じと目で睨めば、赤いあほ毛を揺らしながらりんごはケラケラと笑う。やはり確信犯かと溜め息を吐いた。

「恋愛の恋でしょう? 私が行き着いた方程式でも教えてあげようか?」
「いや勘弁して下さい」

 理系のりんごが非理系の私に方程式を説くなんて先が見えてる。嫌な予感しかしないので大きく頭を下げて遠慮した。

「恋ね……例のまぐろくんについてかぁ」
「っな、なんっ!」
「なんでって? 部室であれだけやらかしといてよく言うよ」

 お手上げのポーズをしてやれやれと言う表情で溜め息を吐くりんごに対し、自分は降参のポーズをとる。なんだこの端から見たら変であろう光景は。
 遊びに行った物理部でささきくんに告白紛いの言葉を言われて数週間。私は未だそれに返事を出来ていない。考え倦ねているのだ。
 そもそもが、彼からはっきりと「好きだ」とは言われていない。正直、曖昧なものだったのだ。

「私もなぁ、よく解らないや」

 一際大きな溜め息を吐きながら、りんごはそこらの椅子を引いて座る。私は椅子を引くのも面倒なので机の上に座っている。せめてもの境界線で自分の席の机に座ったが。

「そもそもが、あれは私に対する告白だったんろうかね?」
「さあ? ――と言うか本人に聞いてみたら? ね、まぐろくん?」
「んぅ?」

「……やっほー」

 りんごが話の途中で入り口の方へ顔を向けたので、私もそちらへ目を向ける。
 そこには、相変わらず語尾に星マークがつきそうな口調で喋るささきまぐろくんが。……なんだこのべったべたな展開は。
 キッとりんごの方へ視線を戻せば、彼女は舌を出して真顔で此方を見た。
 なんだ、そのしてやったりな表情は。

「理系なめちゃ駄目だよ。てことで、お邪魔虫は退散しますね〜」

 りんごはそう言うなり、荷物やスクールバッグを肩にかけたり手に持ったりして、駆け足で教室を出ていった。出ていく瞬間、入り口兼出口に突っ立ったままのささきくんに『がんばれ』と声をかけて。なんのこっちゃ。

「「…………」」

 りんごが去った途端に、静かになる。あれからすれ違いの学校生活を送り、ささきくんと顔を合わせるのもあの時ぶりだ。

「……あの、ね?」
「へっ!?」

 と思っていればささきくんが問いかけてきた。唐突なそれに、肩が跳ね上がりおかしな声で返事をしてしまった。

「この前の件、考えてくれた?」
「……恋について、ですか」
「うん」

 ふざけた感じの口調を抑えてか、ささきくんはいつもとは違い真面目な声で頷いた。
 未だ考えがまとまらない私は、どう答えれば良いかは解らないが……それならば、此方が仕掛けるべきか。

「ささき、くん」
「うん」
「恋とか付き合うって言うのは、好きあってる者同士がするものだ」

 私がそう言った瞬間、彼は口を真横に伸ばしきり、俯いて「そう」とだけ小さく言う。そして、

「ほんっとうに……鈍感だねぇ」
「鈍感? 誰が?」
「……キミ、だよ」
「あ? ……あ、」

 至極疲れたような表情でささきくんは自身の額に手を当ててやれやれと言った。そうして漸く、私はその言葉の意味を理解出来る。

「さっささきくん……」
「さっささきくんって誰」
「ささき、くん」
「うん、なあに?」

「私、貴方の事を、好きになってたみたい」
「そう、」

 先程とはまるで違う声音で返事をし、彼は此方に近付いてきた。窓から射す西日が、ささきくんの髪をゆらゆらと動かす。少しだけ、ささきくんが神秘的に見えた。普段はただの不思議くんだけれど。
 私の目の前まで辿り着いたまぐろくんは、ゆっくりとした動作で私の腕を掴む。

「ボクは、もうずっと前からキミが好きだけどね」

 頼りない指が少し骨っぽさを感じる指に絡まる。
 髪をすり抜けて額が触れる。
 この距離で初めて見る彼の目と視線がぶつかる。

 綺麗な笑みを描く唇と重な――



「退散するとは言ったけど、私一応まだいますよ」
「ぇ……り、りんごぉー!?」
「や、今朝一緒に帰ろうって言ったのそっちでしょ?」

「空気読んでよりんごちゃん……」

 恥ずかしいやらなんやらで、二人仲良く肩を落とした。
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