第2回 | ナノ
帰り道の四分の一を過ぎようとしたところでふと気付いた。そういえば、携帯どこにいれたっけ。いつも入れてるポケットからは重さはなく、キーホルダーがぶらさがっていない。鞄を開けてみて、大して物も入っていない中身を漁ってもない。まずいなぁ、と頭の中で考えてすぐに踵を返す。あの携帯には、人にはいえない悩みとかがメモ帳にかきこんであったりする。しかもその悩みは恋愛のたぐいで、同じクラスの男子。頼むから誰も見てくれるなよ、と一気に学校までの四分の一を走り返った。



教室にいたのは意外な人物だった。一番予想していなかった。そして、一番いてほしくなかった人。たぶん、この教室の中で一番放課後の教室なんて似合わない人。まさか坂田と、いや好きな人とふたりきりになるとは思いもよらず、一瞬もう一度踵を返して逃げようかとも思ったけれど、意を決して教室に入った。

「坂田」

「お」

坂田の後ろ姿はなんだかかっこよくて、少しどきりとした。校庭の方を見ていた坂田に声をかけると振り向いてまた少し笑った。またどきり。開いている窓から吹いた風に乗っていちご牛乳の匂いがした。

「何、忘れ物?」
「携帯、忘れてた」

机の中をのぞくと、見慣れた自分の携帯が入っていた。開いてみたけれど特に連絡はなし。ポケットに入れて、また坂田を見る。今度は黒板を眺めていた。そこに書かれていたのは今日の最後の授業、古典のときの物で、誰かが掃除をサボって消していかなかったのだろう。

「ついでに消しといて」

「気付いたなら自分でやってよ」

「いーからいーから」

こうやって軽口をたたいていても少しどきどきする。授業でやった内容がしゅうっと一拭きで消えていった。今は百人一首だっただろうか。坂田は基本的に授業中は寝るかふざけるかばかりなので、まともに授業を聞いているかはあやしい。すっと消えていく黒板を眺めていて、一応興味とかがあるのかもしれない。

「なぁ」

「なに?」

「これの意味、わかる?」

一番端、今日はギリギリまで授業をやって一番最後に訳をやったそのうた。だからなんとなく覚えていた。確か、式子内親王だっただろうか。悲しいようななんとも言えない、恋の歌だ。

「坂田、授業くらい真面目に聞けば?」

「うっせーな、古典とかほぼ子守唄に等しいだろーが」

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする。坂田が言った歌は、どこか今のわたしの心境に似ている気がした。

「このまま命が続いたら私の隠している恋心がばれてしまうから死にたい、みたいな感じだったと思うよ」

今このまま同じ空間にいたら、きっとわたしの口からぽろぽろと坂田への気持ちがこぼれていってしまうかもしれないから。携帯から垂れて虚しく揺れるハート型のストラップが夕日に反射して、いじわるくちかちかと光って、眩しさから目を瞑った。

「なんか俺のことみてぇだわ」

そう言った坂田の顔は、開いた目でも眩しくてよく見えなかった。夕日のばかやろう。
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