「なまえ、」 ふとした時に、夫が麗しそうに私の名を呼ぶ。 大して理由も無く、何となくなそうなのだが私としては、"逃げないでくれ"っていう意味にしか捉えられなくて、胸がきり、と締められる様に苦しくなる。彼は、そういった裏切りのものにめっぽう弱い。 一体何があったのか何て、野暮だから絶対に聞かない。 それは彼に取ってきっと苦しいものだったからに違いないから。私がそうされたら、苦しさで泣いてしまう。小さいころ学んだキレイ事の様なものが今ここで役に立つとは思っていなかった。"自分がやられて嫌な事は相手に絶対しない事" そして、ゆるりと隣に座る彼が、私の首元目掛けて自身の歯を突き立てた。 噛み癖のある彼は、こうして印を付けておかないと不安になるらしい。私が幾度離れないよと言っても聞かず、人は、という呟きを零し痕を付ける。そして、私が他の男に触られるのが嫌らしい。 「ン…相変わらずだねえアンタは」 「喧しい。素直に噛まれていろ」 「そう、しましょうか」 "私は結局貴方に溺れるの。" 苦しくて仕方が無い。彼の傍に居る事が。嫌いだとか、浮気してるとかそういったものじゃない。何時かこの人が私の為に死んでしまうのでは無いだろうかなんて、そして私がこの人のせいでもっと苦しくなるのでは無いかと考えてしまうから。 苦しくなるならそれは結構。もっとこの人の為なら幾らでも苦しくなりたい。だけれど、この人だけが一人悲しみ、苦しむ姿を見るのが嫌だ。それを解決出来ない私の役不足だと思えるのが苦しい。 自分勝手なのだろうか。愛し、愛されたいと想い、愛する人を助けたいと思うのは。 「ン…ふ、」 「ッ、ぅ、ふう…」 何時からか、首元の歯は彼の柔らかな唇の奥に閉じ込められており、それは私も彼と同じ様に持つ部位に擦り寄ってきた。ひたりと合う度に両の唇は熱を持ち吐息を吐く。艶を持ち、口の中は唾液で混ざり粘っこく成って来ている。 舌さえも無いのに、良くここまで人間というものは興奮出来るものだと思う。 「今日はやたらと受け入れるな」 「…素直に、と言ったのは誰だっけ」 「嗚呼、そうだったな」 そして、又唇を交わす。次は、甘やかな舌を合わせて。 とても苦しい。息苦しいのでは無い。彼が苦しそうだから、苦しい。 「___三成、苦しい」 「ッすまん、やり過ぎたか?」 「違う…どうしても、」 貴方が苦しく見えて嫌なの。 「……貴様が案じる事は無い。黙って私に全てを委ねろ」 「、ほんとに、」 「約束しよう。私の愛しいなまえ。」 今度は小指を絡める。 嗚呼、その貴方の優しい微笑みですらも、どきどきして苦しい。 愛する事は、変わらなくとも。 (貴方と居ると、呼吸が満足にも出来ない。) (でも、嬉しいのはどうしてでしょう) |