暗い夜道を二人で歩く。いつもは繋がれている手の温もりが今はなくて、数歩先を歩く太郎の背中を見つめた。どこまでも広いその背中を見つめながら、思うのは付き始めた頃のことで、そう言えばあの時もこんな風にして歩いたなぁなんて少し懐かしく思った。 あの時は確か、手を繋ぐのが照れくさくて、どのタイミングで繋げばいいのかとか、繋ぐのが恥ずかしくてとか。なかなか言い出せなくてなんて言って、結局ぶつかった手にどちらからともなく繋いだんだっけ…ほんとに懐かしいなぁ。 「太郎ー」 「ん?なんだよ」 「何か話があったんじゃないの?」 「あ、まあ、んー…そうなんだけどな」 うん、と言葉を濁して口を噤む太郎になんだか違和感を覚えて、どうかしたの?と聞いてみる。だけど、ちょっとな…と言うだけで肝心なことは何も言わないままで、本当にらしくないと思う。でも、無理に聞こうとか言わせようとは思わなくて、太郎が自分で言ってくれるのを待つことにした。きっと言いたくなったら言ってくれると思うから。それから数分後、ピタッと止まった足に私も歩くのを止める。 「――ちょっと聞いてくれるか?」 「うん、なに?」 不意に言われた言葉に足を止めてつま先を見つめていた顔を上げる。真剣な表情をした太郎の目とかち合って、思わず息を呑む。あ、この表情は太郎が留学するって言った時の表情に似ている。ううん、その時と同じ表情をしている。なんだかその真剣さに居ずまいを正さなくてはと、背筋を伸ばして向き直る。 「俺は、この先もずっとなまえと一緒に居たいと思っている」 「うん、私も一緒に居たいと思ってるよ」 「ずっと変わらずになまえを好きでいる自信もある。まあ、喧嘩することもあるかもしれないけど…でも、その分仲直りしてさ、絆を深められたらって思うんだ」 「うん、喧嘩しない恋人なんていないもんね」 「だろ?だから、さ……その、お、俺と、けっ、結婚して下さいっ!」 「……っ、」 いきなり何を言われるのかと思っていたら、まさかプロポーズされるとは思わなかった。突然のことに息が詰まって少し苦しい、なんて思った。数歩先に立つ太郎は真っ直ぐに私を見つめて、いつの間に用意したのか、指輪を差し出している。少し震えているその手のひらから、緊張しているんだなぁとか、色々考えてくれているんだなぁとか思ったら、なんでだろう…涙が溢れて止まらなかった。 「っ、そん、なのっ…確認しなくてもっ、決まってるよ…っ、」 涙で滲む視界の中、ゆっくりと一歩一歩進んで太郎の元まで向かって歩く。一歩、二歩、三歩と進んで、震える手のひらから指輪を受け取って、出来る限りの笑顔を作る。 「っ、なんだその下手くそな笑顔は…っ」 「だって、感極まっちゃって……っもう、きゅ、うにそんなこと言うからっ」 「〜っ、泣くな馬鹿!俺様まで泣きそうじゃないかっ」 何それと言えば、もらい泣きしそうなんだよ!と拗ねたように返される。なんてやり取りの最中、ふと合わさった視線に二人して吹き出してクスクス笑う。 「なんか、俺たちらしいな」 「うん、でもっ、嬉しい。ありがとう、太郎」 「お、おう」 ぎゅっと抱きしめながら、そっぽを向く太郎に思わず笑みが零れる。照れてる、と付き合っていく中で知った癖の一つだ。拗ねてしまうと分かっていたから、バレないようにしていたはずなのに、笑っているのがバレて笑うなと言われたけど…、そんなの無理な話で、クスクス笑い続けていればやっぱり拗ねてしまった。 「ごめんね。もう機嫌直してよ、ね?」 「なんだよ、笑いたきゃ、笑えばいいだろ!」 「もうっ!ね、お願い、機嫌直して?」 ちょっと背伸びして、頬に軽くキスをすれば、突然のことに驚く太郎。口をぱくぱくと金魚のように開閉する、その様はいつかの私のようで、こんな風にして太郎も見ていたのかと思った。 「不意打ちとか卑怯だぞ!」 「ごめんね。でも機嫌、直ったでしょ?」 「いや、直ってない」 「えー、うそー?絶対直った――」 でしょう?その言葉は太郎の唇に呑み込まれた。けれどそれも一瞬で、すぐに離れた。ついで強まる腕の力に顔を胸にうずめて太郎の心音に耳を傾けた。 「あーっ、もうそういうことすんなよなぁ。可愛すぎるだろっ!」 「〜っ、太郎も不意打ちなんてずるい」 「最初にしたのはなまえだろ!ったく…、はぁ、もう、すっげーダサい。絶対、顔上げるなよ」 「なんで?」 「今、情けない顔してるから、ダメだ」 「なにそれ」 「とにかくダメだからな。――なぁ、結婚するからには、絶対幸せにしてやるから。あ、やっぱなし、一緒に幸せになろうな」 「ふふ、うん。私が太郎を幸せにするから、太郎が私を幸せにしてね。約束ね」 おう、と頭上から聞こえる声にきゅっと背中に回した腕に力を込めれば、同じように抱きしめてくれる太郎にどうしようもなく、愛しさを感じて、小さく小さく、好きと呟いた。聞こえるはずないって思ったのに耳元で俺もって返してくれた太郎にはやっぱり敵わないなぁと思った。 そんな私たちを見ているのは、この闇夜を照らす月だけ。 三歩先、あなた (これから歩むその先では、ずっと隣を歩かせてね。それでね、笑うあなたの横顔をずっと見させてね) |