第19回 | ナノ
暗い夜道を二人で歩く。いつもは手を繋いで並んで歩いている道なのに、今は数歩後ろをなまえが歩いている。理由なんて、俺がスタスタと先を歩いているからで、後ろから感じる視線に言い掛けた言葉を何度も呑み込んだ。言いたいことが上手くまとまらなくて、どう言おうか、どのタイミングで言おうかと考えては、結局答えは見つからなくて。そんな時、ふと思い出したのは、付き合い始めた頃のこと。そう言えば、あの時もこんな風にして歩いたっけなぁ、なんて少しだけ懐かしく思った。

あの時は確か、付き合いたてで手を繋ぐのが照れくさくて、どのタイミングで繋げばいいかとか、繋ぐのが恥ずかしくてとか…なかなか言い出せなくて、なんて、結局そうこうしているうちにぶつかった手にどちらからともなく繋いだんだよなぁ。ずいぶん前のことなのに、昨日のことのように思い出せるのはなんでだろう。なんて、懐かしさに染々思っていれば、後ろから聞き慣れたなまえの声で名前を呼ばれる。

「太郎ー」

「ん?なんだよ」

「何か話があったんじゃないの?」

「あ、まあ、んー…そうなんだけどな」

うん、と言葉を濁して口を噤む。まだ言葉がまとまってないと言うのに、どうしようか。きっとなまえのことだから、俺が何か考えていることは分かっているだろう。案の定、どうかしたの?と聞かれ、ちょっとな…と返すだけでいっぱいいっぱい。肝心なことは何も言えず、ああ、本当に俺らしくないなと思う。それでも、無理に聞こうとか言わせようとしないなまえは俺のことをよく分かっていると思う。俺が自分で言うのを待っていてくれていることに。

かっこよくとか、シチュエーションとかそんなことばっかり考えているから、何も言葉が出てこないんだと気付いて。それに気付いたのが、なまえに返事をしてから数分後のことで、俺は足を止めて覚悟を決めた。

「――ちょっと聞いてくれるか?」

「うん、なに?」

何の前触れもなく、立ち止まる俺に合わせて歩みを止めるなまえを振り返ったその先で見つめる。つま先を見つめていたなまえと目が合って、今しかないと思った。こんな気持ちになるのは、なまえに留学の話をした時に似ている。いや、似ているなんてもんじゃない。その時と同じだ。きゅっと引き結んだなまえを見ると、これから言う言葉を躊躇いそうになる。けれど、俺は、やっぱりなまえじゃなきゃダメなんだ。だから、向き直った先にいるなまえを見つめて思いの丈を告げた。

「俺は、この先もずっとなまえと一緒に居たいと思っている」

「うん、私も一緒に居たいと思ってるよ」

「ずっと変わらずになまえを好きでいる自信もある。まあ、喧嘩することもあるかもしれないけど…でも、その分仲直りしてさ、絆を深められたらって思うんだ」

「うん、喧嘩しない恋人なんていないもんね」

「だろ?だから、さ……その、お、俺と、けっ、結婚して下さいっ!」

「……っ、」

一世一代の告白とはよく言ったものだと思う。緊張であり得ないくらい心臓は早鐘を打っているし、ポケットから取り出した指輪を握る手は、震えている。くっそ、全然カッコつかねー。数歩先に立つなまえはそんな俺の突然のプロポーズに、はっと息を呑んで。なんだか少し苦しそうだ、なんて思って暫く見つめていれば、ゆらゆらと揺れるその瞳は今にも泣き出しそうに見えて、気付けばポロポロと涙を流していた。そんななまえが震える声で、告げたその言葉は、俺が待ち望んでいた言葉以上のもので、ツンと鼻の奥が痛んだ。

「っ、そん、なのっ…確認しなくてもっ、決まってるよ…っ、」

涙で潤む瞳をそのままに、ゆっくりと一歩一歩進んで俺の元まで向かって歩くなまえになんでだろうな、胸が詰まる。一歩、二歩、三歩と近付くなまえは、そっと俺の手のひらから指輪を受け取って、無理矢理作ったような下手くそな笑顔を見せる。

「っ、なんだその下手くそな笑顔は…っ」

「だって、感極まっちゃって……っもう、きゅ、うにそんなこと言うからっ」

「〜っ、泣くな馬鹿!俺様まで泣きそうじゃないかっ」

ツンと涙を誘うように刺激するそれに、思ったままを言えば、何それと返され、もらい泣きしそうなんだよ!と拗ねたように返した。そんな、なんてことないやり取りの最中、ふと合わさった視線に二人して吹き出してクスクス笑う。

「なんか、俺たちらしいな」

「うん、でもっ、嬉しい。ありがとう、太郎」

「お、おう」

ぎゅっと腕の中に抱きしめて、恥ずかしさから、そっぽを向けば、クスクスと笑っているのかなまえの肩が震えていた。どうせ俺がそっぽを向いている理由なんて、なまえのことだから分かっているに決まってる。けど、あっさり認めるのが嫌で、そっぽ向いたままでいれば、少し慌てたようななまえの声がした。

「ごめんね。もう機嫌直してよ、ね?」

「なんだよ、笑いたきゃ、笑えばいいだろ!」

「もうっ!ね、お願い、機嫌直して?」

なんだ?と思った時にはちょっと背伸びしたなまえが、軽く頬にキスをしていた。な、えっ、お、おい!?突然のことに頭が追い付かなくて、アホみたいに口をぱくぱくと金魚のように開閉する。そんな俺はいつかのなまえのようだと、どこか冷静な頭で思った。なまえもこんな気分だったのかと。

「不意打ちとか卑怯だぞ!」

「ごめんね。でも機嫌、直ったでしょ?」

「いや、直ってない」

「えー、うそー?絶対直った――」

きっと、その後に続く言葉は、でしょう?とかそこら辺だ。でも、その言葉は紡がれる前に触れるだけのキスで、呑み込んで。一瞬で、すぐに離れたそれに、少し火照った頬が夜風に冷まされる。抱き締める腕の力を強めれば、腕の中にいるなまえが胸に顔うずめて、すり寄るように頬をくっ付けてくる。

「あーっ、もうそういうことすんなよなぁ。可愛すぎるだろっ!」

「〜っ、太郎も不意打ちなんてずるい」

「最初にしたのはなまえだろ!ったく…、はぁ、もう、すっげーダサい。絶対、顔上げるなよ」

「なんで?」

「今、情けない顔してるから、ダメだ」

「なにそれ」

「とにかくダメだからな。――なぁ、結婚するからには、絶対幸せにしてやるから。あ、やっぱなし、一緒に幸せになろうな」

「ふふ、うん。私が太郎を幸せにするから、太郎が私を幸せにしてね。約束ね」

おう、と返せば、きゅっと背中に回されたなまえの腕に力が入る。それに答えるように抱きしめれば、どうしようもないほどの愛しさを感じて、壊れない程度になまえをさらに抱き締めた。耳を澄ましていないと聞き取れないほど小さな声で、好きと呟ぶやくのが聞こえて、耳元で俺もって返せば、楽しげな笑い声が聞こえた。

そんな俺たちを見ているのは、この闇夜を照らす月だけ。


泣くな馬鹿
(これから先、隣を歩くのはお前だけだから。頼むから泣き顔じゃなくて笑顔を見せてくれよ、な)
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