天遣塔の屋上。俺とアサギリ・なまえは芝生の上に仰向けに寝転がり、全面ガラスの向こうに広がる満天の星空を見ていた。 彼女は一般市民に紛れてホシの情報を集める隠れ天遣だ。俺たちアカツキの天遣のチームメンバーであり、同じ隠れ天遣のジロさんと行動を共にしている。 一癖も二癖もあるふたりだが、隠れ天遣としてはとても優秀だ。 ジロさんとなまえは別行動をしている。以前から探りを入れていた二ヶ所に動きがあったのだ。それに対応するため一ヶ所にジロさんが、もう一ヶ所になまえがホシの情報を求めて探っているのである。 今日はなまえがディーラーらしいターゲットの有力な情報を得たといってここにやってきた。俺は直ぐにメンバーを集めてなまえから報告を聞いた。 ディーラーは兄妹。兄がリーダーで妹がホシクズ。兄は妹のためにディーラーをしている。所属しているのは【Bi】で、ホシの取り引きしているのは貸倉庫とのことだった。取り引きは明日の二十二時だ。割りと大きな任務になるだろう。ディーラーとホシクズをお迎えするために明日の夜、行動することになった。詳しくは明日のミーティングで決めることにし、その場で解散した。 解散後、俺はなまえに誘われて屋上に来た。星が見たいから付き合って、と言ってきたなまえはどこか儚げで放っておけなかった。 数分前のことを思い出しながら明日は忙しくなりそうだと内心で苦笑する。隣にいるなまえを盗み見ると、彼女はじっと星空を眺めていた。 なまえは俺の憧れの先輩、アサギリ・アユムの妹だ。 十三年前、アユ先輩は捜査中に事故で帰らぬひとになった。天遣となったばかりのなまえは兄の死に酷く取り乱していた。立ち直るには不安定で、しばらくは任務につけずに塞ぎ込むことが多くなったが、時間と共に少しずつ笑うようになっていった。 それでも、アユ先輩がいた頃に比べると笑みとは呼べない笑みで、心から笑うなまえを見ることは未だに叶っていない。それだけなまえの心の傷は大きくて深いのだろう。 俺が勝手に思っていることだが、なまえが屋上に来るのはアユ先輩を感じるためだ。当時のアユ先輩となまえは屋上に来ることが多かった。ふたりで星を見て、いろんなことを話していたのだろう。なまえはそれを忘れたくなくて、思い出したくてここに来るのだ。 ふたりは俺の目から見ても本当に仲が良かった。たったふたりの兄妹だからというのもあるだろうが、お互いを大切に思っているのが分かったし、本当に幸せそうだった。 それが今では、なまえは常に無表情だ。俺とジロさんの前だけは少しだけ柔らかくなるけれど、あの頃のなまえとは掠りもしない。それが酷く寂しかった。 辛いなら辛いと言ってほしい。苦しいなら苦しいと言ってほしい。俺はなまえにそんな思いを抱くようになり、その思いは強くなっていくばかりだ。 「ねえ、イヅキくん」 不意に声を掛けられ、鼓動が跳ねた。 なまえは星空から目を離して、俺を視界に入れる。月明かりに照らされているため、はっきりとまではいかないが、なまえの表情は淡く見てとれた。 「どうした?」 「ごめんね。無理やり付き合わせちゃって」 「いや。そんなことはない。気にするな」 「ふふ、イヅキくんは優しいね……。ありがとう」 「…………」 なまえの目尻に涙が光るのが見えた。胸が締め付けられるような苦しさが沸く。俺は目を眇めた。 「いつもひとりでここで星を見て、兄さんを思い出してたんだけど、今日はイヅキくんがいるからかな。兄さんといるみたいで……ごめんね、兄さんの代わりみたいに言って。でも、本当に兄さんが隣にいるみたいで少しだけ嬉しくなったの」 「……なまえ」 なまえの目尻から涙がぽろぽろと零れる。頬を伝って、芝生に落ちる。月明かりが当たって、まるで星のような涙だった。 「イヅキくん、」 俺の手になまえの手が重なった。 「今日はひとりでいたくない」 「…………」 「イヅキくんと一緒にいたいの」 「なまえ……、それは……」 「お願い、今日だけでいいから」 「いや。だ、だが……」 声が上擦る。こうして誘われるのは初めてのことで、いや、女性と関係をもつことすら初めてなのだ。どうすればいいか分からなかった。 「っ、イヅキくん」 なまえが涙を流しながら俺に身を寄せてくる。息が触れるくらいの距離で見つめ合い、なまえがそっと目を閉じると顔を寄せてきた。 彼女の唇と俺のそれが重なる。彼女の唇は僅かに震えていた。 俺は堪らず彼女の体を抱き寄せた。腰と背中に腕を回して、きつく抱き締める。 彼女の香りがふわりと舞って、鼻腔をくすぐった。柑橘系のそれは彼女にぴったりで、吸い込む度にどきりと高鳴る。俺は彼女の髪に顔を寄せて、ゆっくりと囁いた。 「分かったから泣くな」 「っ、」 「俺の部屋に泊まればいい」 なまえが返事の代わりにおずおずと俺の首に腕を回してきた。俺は小さく笑うと彼女の名前を紡いだ。彼女が鼻をすすりながら顔を上げる。目元が赤くなって、頬が濡れていた。俺は彼女の目元に優しいキスをした。彼女の体がひくりと震えたのが伝わってくる。 「部屋に行くか?」 「もう少しだけ……」 彼女は俺の肩口に顔を埋めながら呟く。 「もう少しだけこうしてたい」 「……ああ。分かった」 俺は腕の力を強めた。彼女の不安や悲しみが少しでも和らぐように。 |