夜毎、その海岸に足跡をつけているのがこの町の男の子だと、わたしは今日初めて知りました。潮風が届く場所で暮らしているわたしは、時折海鳴りの音で夜更けに目覚めます。そんな時はねむたくなるまで近くの海岸で散歩をするのです。おかあさんに見つかると、子供は寝る時間よと怒られてしまうので内緒です。ヒミツの散歩なのです。わたしと男の子が出会ったのは、そんな眠れない夜のうちのひとつで、風のとても静かな日でした。いつも来る海岸で砂につけられた足跡を見付けたわたしは、こんな時間にと不思議に思ってそれを辿って行ったのです。そうしたら、そこに男の子が来ました。男の子は波打ち際に目をこらし、時折冷たい海の水に手を浸しては、何かを探しているようでした。わたしたちは目を合わせただけで仲良くなりました。お互いにひみつを持っている目をしていたからです。わたしはおかあさんへのヒミツ。男の子は、知りません。わたしの知らない誰かへのヒミツでしょう。誰へのヒミツかなんて、どうでもいいのです。要はヒミツを持つことが大切なのです。同じ匂いがすることが大切です。男の子もわたしも、暗い海の匂いがしました。 「何をさがしているの?」 「泡」 わたしはびっくりしました。泡なんて、海の中にはいっぱいあります。でも、手で拾えるようなものではないのですから。 「どうしてそんなものを探しているの?」 「たいせつだから」 男の子は微笑んで、暗い海をじっと、ただじっと見詰めていました。まるでそこに優しくしたい誰かがいるかのように。もしかしたら男の子は海の泡が手で拾うことの出来ないものだということを知らないのかもしれません。そう思ったわたしは、男の子に教えてあげようと思いました。 「無理じゃないかな……。泡はさわると消えちゃうから」 すると、意外にも男の子はにっこりと笑って答えました。 「んなの、知ってるさ」 わたしはまたもびっくりしました。無理だと知っているのなら、何故そんなことをしているのでしょう。 「知ってるけど、探しちまうんだよ。あいつを忘れたくないんだ」 「あいつ?」 「俺のたいせつなやつのこと……。ま、お前に言ってもわかんねえだろ」 不思議だなと思いました。でも、男の子の話からたいせつなひとを忘れたくないんだというのはわかりました。 「俺はあいつに会いたい、もう一度会いてえんだ。謝りたいことがたくさんたくさんあって、生きてんのが苦しいんだよ。だから死ぬまで、こうして海で泡を拾い続けるつもりだ」 わたしには、男の子がどうしてそこまでするのか、わかりませんでした。わかるのは、男の子の願いが叶う日は来ないだろうなということくらいで。 「…………」 わたしは結局何も言えませんでした。男の子も黙ったままでした真剣な横顔の男の子は黙々と探しものを続けます。わたしはその姿を見ていることしか出来ませんでした。 その日から、わたしは夜に海岸に行くのをやめました。暗い海で泡を拾いつづける男の子の姿を見ると、胸が苦しくなって余計に眠れなくなるからです。 |