第18回 | ナノ
付き合ったからと言って、急に距離が縮まる訳でもないし、キスが出来る訳でもないし、とにかく一般の男子高校生が憧れるような所謂そういう展開になるわけではない。もしかしたら“付き合う”というのはただ都合のいい言葉なのかもしれない、ただのレッテルなのかもしれない。自分たちがそういう関係であることを示すためだけのもの。だから付き合いたての頃は悶々と思い悩んだことだ。もしかしたら嫌われてるのではないか?なんて女々しいことを考えたりなんかもした。だけど時が経つうちに、そんな悩みをいとも簡単に吹き飛ばしてくれることに気づいた。それは彼女のことをちゃんと真っ正面から見た時にやっと掴める鍵なんだと、俺は漸く気づいた。そして今まで幻のように思えた“付き合う”という実感を手に入れた自信が持てたのだ。

「じゃあ悪いけどみょうじに英語頼んでもいいか?」
「もちろん、そんな気にしないで?澤村くんキャプテンだし、引退した私と違って忙しいもん」

期末試験前の帰り道。部活動は禁止されているからこの期間だけみょうじと帰れる。普段は夜遅くまで練習してるからそんな時間まで引き留めるわけにもいかないから、こうして肩を並べて歩けるのはこういう機会がなければ実現できないだろう。そしてただでさえ一緒に入れる時間が少ないのに、彼女に期末用のノートも頼むのだから申し訳ない気持ちがどんどん積み重なっていく。それなのにみょうじは嫌な顔一つせず、いつも「キャプテンだから」と笑い飛ばしてくれる。これでいいのかと散々己の中で葛藤していいはずがないと分かっているのについつい彼女に頼ってしまう。なんかお返ししてあげなきゃな、と彼女が喜ぶであろうことを思い浮かべてみる。

(まともなもんが思いつかねぇ…)

女の子なんだから可愛いものを買ってあげるだのデートに連れてくだのと検討はつく。だけどこいつの場合いくら俺が何がほしいかと訊いても首を横に振るだけ。付き合いたての頃からみょうじが控えめなやつだってことは想像がついていた。控えめであまり自分から主張しない代わりに、嬉しいことがあれば満開の花のような眩しい笑顔を見せる。その笑顔に惚れたと言っても過言ではないくらいだ(まぁもちろんそれだけではないが)。だけどいざ付き合ってみるとこれが逆に自分にとって武器となって突き刺さってくるから困ったものだ。
ふと、夕陽を背に長閑な住宅街を歩く俺らの長い影に目をやる。

遠い。

口に出してしまいそうなほど、ふと思ったことだった。平行に並ぶ俺とみょうじの影が今の俺たちの距離を顕著に表していた。どうやら、控えめなのは意思だけではなく、行動にも出てくるようだ。普通の恋人なら手を繋いでもいいものを、彼女は半歩離れた距離で俺と並ぶ。そして、影ではなく本人を横目で見ると、右側にいる彼女のたまに見せる行動に気づいた。
そこで無意識に自分の腕が彼女の方に伸びて、スカートをくしゃりと握る左手を優しく掴む。解放されたスカートの部分は萎れた花のように情けない有様だった。やっと繋がった影が視界に入り、ああやっぱりこの方が落ち着く、と安堵する。

「こら、スカートが皺だらけになるだろ?繋ぎたいなら繋ぎたいって言いなさい。それに、そんなに距離とられると俺も寂しいんだからな?」
「は、はい!すいみせん!」
「敬語」
「あ、うん。ごめん」
「謝らない」
「え、えぇと…ありがとう」
「よし」



いつだったか。そう遠くはない日に、やはり俺らはこうして二人で帰っていて。距離がなかなか縮まらない状態を不安に思っていて、隣を盗み見るとみょうじは小さな手で制服のスカートを力一杯握っていた。それもどこか落ち着きがなく、そわそわしたかのように。多分西谷や田中だったら「なんだ?トイレか?」なんてデレカシーの欠片もないことを平然と言ってのけるのだろうと失礼なことも考えたりした。だけど俺にはその行動がどうも意味有り気に思えて、本人に追及することにした。すると自分の行動に気づいたらしいみょうじは顔に火がついたかのように赤らみ、おどおどとあれやそれと言い出して、最後に蚊の鳴くような声で「て、手をつなぎたく…て…」と絞り出した。
あぁ、こんな簡単なことでいいのか、と思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきて、思わず吹き出してしまった。そして行き場がなさそうにしていた小動物のような手を優しく奪い、手中に収めた。すると、先ほどまで固く縫われていた彼女の口元が柔らかく綻んだ。それから数回一緒に帰る機会もあり、自分が知らなかった彼女の行動が次々と顔を覗かせ、それを見つけるのが楽しかった。それでその度に、出来るだけこいつを甘やかそう、と心がけている。



「お前は相変わらず、手が小さいな」
「そんな一日や二日じゃ大きくなりませ…ならないよ?」
「それもそうだな。まぁ俺がこうしてみょうじの手を丸ごと包み込めるほうが男としては嬉しいな」

すっぽり収まった手をぎゅっと、存在を確かめるように握ると初めて見せたときのような眩しい笑顔。お前はこんな細やかなことでも、世界一の幸せ者のように笑うんだ。


「たまには欲しいものとか教えてもらいたいんだけどな」
「え、今なんて言った?」
「いや、なんでもない」

それを探すのも、俺の仕事なのかもな。
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