第18回 | ナノ
野球部のいろんな意味で有名な沢村栄純くん。ひとつしたの男の子なのだが、これがまた可愛らしくて憎めない性格をしている。いつだって練習熱心で、空回りしてしまう事も決して少ないわけではないがその一生懸命さを知らない部員はいない。それにいつだって一番最後まで自主練習をしているのは栄純くんだと聞いた事がある。そしてそんな彼はなぜかいつも私に声をかけてくれて、今ではもうすっかり仲良しだ。

「なまえさん食べるの遅いっすね」
「栄純くんが早すぎるだけだよ」

お昼の学食で出会った栄純くんのトレーにのっていたお茶碗には目を疑うほどにご飯が盛られていた。あろうことか私よりだいぶ後に席についた栄純くんは、私より先にその大盛りご飯をペロリと三杯食してしまった。育ち盛りって恐ろしい。正直言ってその食いっぷりを見ただけでお腹がいっぱいだ。もちろんそれは栄純くんだけではなく、栄純くんと一緒に学食へやってきた金丸くんも同じであっという間に三杯を平らげた。すごいなあ、その細身の身体のどこにそんな食べ物が入るんだろう。そう感心しながらとろとろとご飯を食べる私をじーっと見つめる栄純くんに、学食まで一緒に来た金丸くんが先に帰ってるからなと告げて先に出て行ってしまう。

「なまえさん途中までご一緒に!」
「うん、一緒に行こう」

一緒に戻らなくてよかったのかな。そうチラリと目の前の栄純くんを見ると、その心配はどうやら無用のようでニコニコと途中まで一緒にとそう口にした。そこで、私が食べ終わるの待っててくれてるんだ、なんて今更な事に気がつき食べるペースを早めてお昼ご飯を完食したのである。いつもより早いペースで食べたせいかすこしだけ胃が苦しい。待たせてごめんね、行こっか。そう席を立てば目の前の席で頬杖をついて待ってくれていた栄純くんが嬉しそうに勢いよく立ち上がると、はい!と大きな返事をくれた。

「あ、なまえさん聞いてください!」
「なになに?」

栄純くんはかわいい。こう言ったら怒られてしまうかもしれないけどひとつひとつの行動や言動がいちいち微笑ましいのだ。たとえば、私を見つけるとパアッと笑みを浮かべ、大きく手を振りながら私が気付くまでなまえさん!なまえさん!とバカみたいに私の名前を叫び続けたり。その姿はまるで、飼い主を見つけた犬のようでいつだって邪険にできない。自分に弟がいたらこんな感じなのかなあってその度に思ったりして。

「昨日倉持先輩が、っと」
「う、わ」

二人並んで昼休みの廊下を歩く。わいわいがやがやとうるさい廊下にはたくさんの人がいて少しだけ栄純くんの声が聞き取りづらい。一生懸命話してくれているのに、聞き逃したのでもう一度お願いしますだなんて言いにくいので、栄純くんの話を聞き逃さないためにほんの少し栄純くんへと身体を寄せる。これならしっかり聞こえるだろう。そう栄純くんの方へ顔を向けた、その瞬間。強い力でぐいっと腕を引かれそのまま栄純くんの胸へと引寄せられる。いったいなに、突然の出来事に思考は完全に停止した。そんな中で、栄純くんの匂い好きだなあ、なんて思った私はちょっと変なのかもしれない。あっぶねーな!と頭上で聞こえる栄純くんの声が一気に私を現実へと引き戻す。

「大丈夫っすか?」

心配そうに私を見つめる瞳はとても真剣で、どくりと心臓が音を鳴らす。見上げなければ重ならない視線に、栄純くんとこんなに身長差あったっけなんて考えていた。どうしよう、胸のドキドキが止まらない。私を胸に抱いたまま後ろを振り返った栄純くんは、廊下走ったら危ねえだろ、と少し怒ったような声を出す。そっ、か。走ってる人とぶつかりそうになったから助けてくれたのか。栄純くんの突然すぎる行動の理由がわかったのはいいものの、この現状にどんな顔をしたらいいのかわからない。

「あれ、なまえさん顔赤い…ってうわああ!?」
「えいじゅん、くん」

私の顔を覗きこんだ栄純くんが急に大声を出し、バッと腕を離して私から距離を取た。その顔は驚くほど真っ赤で、そんな栄純くんにつられて私も頬に熱が集中する。そんな私を見てさらに顔を赤くする栄純くんは勢いよく私に背中を向けると、しまったとか、やらかしたとか、嫌われたとか独り言とは言えないような声の大きすぎる独り言と共に頭を抱えてしまった。それからくるりと私の方を振り返った栄純くんはガバッと音がする勢いで頭を下げた。

「す、すいやせん!お、おれ…その、」
「いや、その…」

なまえさんが危ないって思って、その、抱き締めるつもりは本当に、なくて、その、下心はなかったっていうか、いやない事はないんスけど、ってうわあああ!違う何言ってんだ俺!ひとりでしどろもどろになりながらそう捲し立てたかと思うと、突然廊下の壁に頭をぶつけた栄純くん。ゴツ、そんな鈍い音が聞こえて壁におでこをぶつけたまま微動だにしなくなってしまった。この状況で栄純くんと対峙するのはすごく恥ずかしいけれど、動かなくなってしまった栄純くんが心配な事にかわりはない。鳴り止まない心臓を落ち着かせながらゆっくりとその背中に近付くと、きっと御幸一也だったらもっとうまくやるだとか、また倉持先輩に笑われるとかぼそぼそとそんな声が聞こえる。

「え、栄純くん…?大丈夫…?」

私の声にピクリと反応した栄純くんは恐る恐る私の方へ顔を向けた。恥ずかしそうに左手の甲で口元を隠すその仕草はいつものように可愛いと思うのに、いつものように微笑ましい気持ちで見ている事はできない。チラリとぶつかった視線に、心臓がドキドキと今までに体験した事のないような速さで音を立てる。

「なまえさんのせいで、ぜんぜん大丈夫じゃない、」

恥ずかしがりながら、私を見ないままそう言った栄純くんに胸がぎゅうっと理由はきっともうわかっている。触れた手の大きさだとか、抱き寄せられた時の強い力だとか。どんなに可愛いと言っても栄純くんは男の子、で。さっきの出来事を思い出すだけで顔が熱くなって仕方がない。急に栄純くんの事を男の子だって意識しちゃって。うそ。たしかに急に引寄せられたり抱き寄せられたりドキドキする理由はたくさんあるけれどそれだけでこんな気持ちになったりしない。本当はずっと前から、自分が気付かないうちに栄純くんの事意識しちゃってたくせに。なまえさん。呼ばれた自分の名前に言い表しようのないくすぐったさを感じる。きっと下げた視線を上げる、それだけで今まで見てきた世界が百八十度違って見えるのだと思う。
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