「もうそろそろ結婚しようか」 息が一瞬止まって、死ぬんじゃないかってぐらいに鼓動が早くなった。もちろん嬉しいという意味で。 だけど、すぐに返事ができなかった。 わたしたちもいい歳だ。結婚してもおかしくない。孝支のことを信じていない訳じゃない。すきでいてくれてると思うし、わたしもちゃんと彼のことが好きだ。なのに、なんでだろう。考えさせて、と言った時の悲しそうな孝支の笑顔が頭から離れないのは罪悪感からか。 「へなちょこ」 「なっ…!」 孝支がトイレに立った少しの合間を見計らって相談したというのに、なかなか辛辣なことを言う。高校時代から変わらない我らが主将。その澤村の横に座る真のへなちょこ東峰は自分が言われた訳でもないのに顔を青くしていた。こちらも高校時代を思い出したのだろう。 「なに迷ってんだ」 「それがわからないから相談してるんだよ…」 高校時代部活という共通のものでつながった仲間たちとはいまもこうやって飲みに来る仲だ。それゆえに何でも相談できるし、良くも悪くも遠慮のない意見も聞ける。 「わたしは、菅原があんな顔をするのはなまえの前だけだと思う」 「あーそれは確かに」 「だな」 「?」 あんな顔、とはどんな顔?いつも見ている孝支の顔は、高校時代から何も変わっていないと思うのだけど。 「なに話してんのー」 「うわ、戻ってきた」 いい感じに酔ってきている孝支はなだれ込むように澤村の隣に座った。結局どういう顔なのか聞けずじまいだ。 「なまえ」 「大事なことだから、こうしろ、とは言わないけど。菅原は、ちゃんと幸せにしてくれると思うよ。すきなら、迷うことない」 潔子が耳元でそっと紡いだ言葉はゆっくりとわたしの心を動かした。そして今すぐにでも言わなければいけないと思った。 「孝支、」 「んー?」 「結婚、しよう」 お酒でだらしなくなっていた顔が固まって、じんわりと顔が赤く染まっていく。かわいいなあ。こういうところ、すきだなあ、って。どうしようもなく愛おしく思う。 「ほら、こういう顔」 「え!?」 「俺らだけだと絶対こんな顔しねぇもんなー」 「本当に」 「な、なに!?」 孝支は少し戸惑ったように鼻をかく。そういえば昔から照れてるとき鼻触ってたかもしれない。これもわたしの前でだけなのかな。そうだといいな。 「よろしく、お願いします」 |