第18回 | ナノ
「××月××日(月)
自転車部の先輩の東堂さんが今日も前髪をくるくると指で弄っていた。鬱陶しいなら切ればいいのに、と思った。

××月××日(火)
東堂さんは今日、カチューシャを忘れたらしい。女子の誰かに借りたゴムで前髪を括っていた。時折手が物寂しそうにいつもなら前髪の垂れている、今日の虚空を彷徨う。無いとさみしいらしい。きっとテニスのプリンス様で言う王様の泣きボクロみたいばものなのだろう。

××月××日(水)
今日の東堂さんはお休みだった。風邪を患ってしまったらしい。部室内が今日はやけに静かで練習日和だなあ、と思ったけどいないといないでさみしいものだ。

××月××日(木)
今日も東堂さんはお休みだった。東堂さんの気持ちを理解するため今日はカチューシャをしてみた。装着して気づいたんだけどこれ前髪あげるためにあるのになんで東堂さんは前髪垂らしてるんだろう。

××月××日(金)
東堂さんのカチューシャが不慮の事故により南無三した。南無南無。いつもお世話になってるし週明けに100均の新しいカチューシャをプレゼントしよう。


―――みょうじちゃん?」

たんたんと読み上げられた内容に心覚えがありすぎて私は萎縮する。「部誌の部員の様子の欄に書かれたモノなのだが、心当たりはあるな?」東堂さんの起伏のない声が怖い。これならマジモードでみっちり正座でお説教された方がマシである。いつも騒がしい分静かになるとこの人は迫力がある。
「う、…心当たりあります。…あの、東堂さんごめ「ふむ!やっぱりこれを書いたのはみょうじちゃんか!矢張りみょうじちゃんは分かっているな!部員の様子で天から3つもの才を預かったこの俺を選択するとは見る目があるな!いや、見る目があるのではなく俺が美しすぎるから目を引いてしまうのか!まあとにかくだ、みょうじちゃん、よくやった!」―――は?」
想定外も想定外のいいところである。火曜サスペンスで犯人は結局語り手でしたっていうオチみたいな想定外の幕引きだ。私は思わず先輩でもあるのに不躾には、なんて覚めた声で言ってしまう。しかし東堂さんはそんなの気にも留めずにうんうんと一人頷いている。この人頭大丈夫だろうか。
「みょうじちゃん、みょうじちゃんがこの俺、東堂尽八を気になってしまうのもよーくわかるぞ!それも部誌に書いてしまうくらいに気になってしまう気持ち!」
「は、はあ」
「そんなみょうじちゃんの質問に俺は答えてやろう!みょうじちゃん!俺の前髪はアイデンティティの様なものでありカチューシャとセットなのだ!さらに前髪を弄るというだけでアンニュイな雰囲気が出せ俺の美しさがさらに際立つ。だからまあ…すまないが、流石のみょうじちゃんに疎まれてもこれだけは譲れないな。わっはっは、みょうじちゃんもこれを聞いてやって見たくなっただろう!確か予備のカチューシャが一本あったはずだ、みょうじちゃんにそれをあげよう。この東堂尽八が悩みに悩み尽くしてセレクトした一本だから光栄に思うといいぞ!みょうじちゃん俺には劣るが端正な顔立ちだからきっと映えると俺は思うぜ!」
「…はあ」
ビシィッ、マシンガントークの終止符はお決まりの指差すポーズによって終わった。なんだか色々ついていけなくて「はあ」としか頷けなかったが東堂さんはそれで満足らしい。「じゃあみょうじちゃん、今日も仕事に励んでくれ」HAHAHAとアメリカンコメディも真っ青なスマイルを見せて満足げな東堂さんは「行くぞ黒田ー」と同級生でクライマーな黒田雪成を連れてアップの登りに行ってしまった。放り出された私が唖然として立ち尽くしていたら福富さんが「みょうじ」と一言私の名字を呼び、哀れむ様に肩をポン、と叩いた。
「ふ、くとみさん…東堂さんが頭お貸しすぎてついていけないですよー!」
「何時ものことだ」
「何時ものことじゃないですー!わけわかんないですなんですあのマシンガントーク絶対人の話聞いてないですていうか前髪あんな理由だけで弄ってたですか一週間気にした私の気持ち返しやがれですー!」
ムキー!とぷんすかして言えば福富さんはどぅどぅ、と私を宥める。私は馬か何かですか!福富さんはきっと天然でやってるから許せるけども!あのでこっぱちは許さねえ。
「あー、でもみょうじちゃんよォ、アイツ庇うわけじゃねェケド、一つ言っとくわ」
「なんです荒北さん」
「東堂の野郎、お気に入りのやつの前でしか髪弄んのやんねーからァ。まァ要はそういう事なんだヨ」
あーヤダヤダやっぱ俺こういうの言うの性に合わねェわ。荒北さんはそう言って先程東堂さんが黒田を呼んだ様に「福ちゃん!」と福富さんを呼んでアップに行ってしまった。


××月××日(月)
東堂さんの語った東堂さんの前髪を弄る仕草の理由は想像以上にどうでもよかった。だけど荒北さんの語ったもう一つの理由はどうにも心に引っかかった。
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