「付き合ってよ」 そう言ったのは私だった。勇気を振り絞ったけれど、フられた時に泣かない自信はなかったから文明の利器、携帯メールで。それから塾に行くと言い訳して携帯の電源を落とした。家に帰ってからも携帯をつけようとして、でもつけられなくて30分。 普段お喋りな彼なのに、返事はたった一言。 『俺もすき』 安心か、嬉しさか、涙が零れた。 そのメールはあのころから数えて三代目になる今の携帯にさえ残っている。 こうして、高2の秋。 青い二人のお付き合いが始まった。 黒髪のくせに少しチャラくて、コミュ力はカンストしているにも関わらず、彼にとって私はファースト彼女で、勿論私にとっても彼はファースト彼氏だった。 高校の間は健全なデートを重ね、どんな巡り合わせか大学も一緒になって、不健全なデートもするようになって… 喧嘩して、泣いて、怒って、でもやっぱり遊んで、楽しくて、嬉しくて、そして幸せで。 あっという間に時間は過ぎた。 そして、今日。 私達は付き合い始めて八回目の記念日を迎える。 確か、一回目の記念日は大げんかだった。二回目は二人とも忙しくて、三回目は前倒しで箱根に泊まりに行った。四回目は二人で居酒屋へ、五回目は近くのケーキ屋さんでケーキを買って二人で食べた。六回目はネックレスをもらい、七回目は同棲しようと言われた。 前日から約束していた通り、二人で近くの体育館に出かけた。誰もいないそこで、二人大好きなバスケをする。 「あっ、ちょっ、かず!!」 「へっ、ほいよっと」 シュッと軽快な音に続き、ボールのバウンド音が響いた。 あの頃より少しだけ短い髪をあの頃のようにカチューシャでとめた彼、かずは得意気にシュートをうった。それが悔しい。 「もー!!男女差と身長差考えてよ!!」 「やーなこった。俺はスポーツマンシップに則ってだなあ…」 そんなことを言いながらも、またドリブルを始める。 だから、私もそれを追いかけた。 はたから見れば、わざわざ記念日にバスケなんて、って思うかもしれないが、かずから提案されたとき、私もかなり乗り気だった。懐かしいあの頃に、もしかしたら少しだけ戻りたかったのかもしれない。 今度は私のスティールが成功し、シュートを放つも、リングに嫌われた。わざわざ私にとらせてくれたらしい。これはこれでなんかムカつく。 「あー、あっちーなー」 Tシャツの胸元で汗を拭う彼の仕草は、高校時代一番好きだった仕草だ。キスをするときに目を閉じる瞬間、抱きしめるときに私の背中を優しく撫でるとこ、伊達眼鏡を直すとこ。全て好きだったけれど、やっぱりバスケしているときのこの仕草が一番かずらしくて、かっこ良くて、好きだ。因みに現在のお気に入りはネクタイを外す瞬間である。 「ほんと、あついねー」 もう10月を過ぎたと言うのに、体育館の中はじめりとしていて、暑かった。 「そろそろ帰る?たしか予約19時だったよね?」 帰ってシャワー浴びないと、と言った私に彼は待ったをかけた。 「俺今からフリースロー10本するわ」 「え、あ、うん、分かった。」 「だから、見ててな」 二カッと笑ってかずはボールを持ってフリースローラインへ。現役時代でも10本入れるのには相当集中力がいるはずで、全部はいるのはよっぽどノッているときだった。 だが、一本、二本、とかずは順調にゴールを決めていく。 彼のシュートは綺麗だ。 確かに緑の頭のスーパーエース様のシュートには圧倒されたし、お姉様のシュートやぷっつんメガネ(というあだ名らしい)さんのシュートも凄いと思った。 けれど、高尾のシュートはちょっと遊び心のあるフォームから放たれるものだったり、不意をついたりするもので、なのになぜか綺麗に思えてしまう。 彼は一本も外さなかった。 すっと、彼の指を離れたボールはまるでネットに吸い込まれるようで、何故かふと目が熱くなった。それはあの輝かしい高校時代を思い出したからか、はたまた彼のシュートそのものに感動しているのか。 私には分からなかった。 ただ、再び二カッと笑ったかずが、とても眩しく見えた。 それから二人で家に帰りシャワーを浴びて約束していたとおり、イタリアンのレストランへ。 ちょっと高いが、値段に見合うだけの料理と店内の雰囲気なんだ、とかずが言っていたけれど、本当にその通りだ。 出されたイタリアンのフルコースはそれはそれは美味しかった。二人で他愛ないことを喋りながら食べると更に美味しいと思った。 「なあ、なまえ?」 料理が一通り出おわって、あとはドルチェを待つのみとなった。 赤ワインを一口、口に含むと同時にかずが口を開いた。 「なあに、どうしたの?そんな真剣な顔しちゃって」 私が笑顔を浮かべると、彼もちょっと笑顔を浮かべた。 「あー、色々考えたんだけど、やっぱいい言葉浮かばなくてさ。だからもう直球でいくわ」 何を言いたいのかよく分からない。 私が首を傾げると、かずは一つ息を吸った。 プラチナリングを泣き虫へ ちっちゃなあの頃の君が頑張ってくれたのだから、今度は俺が頑張る番。 「俺と結婚してください」 そんな言葉とともに差し出されたプラチナリングに、ただ嬉しくて嬉しくて涙が零れた。 |