第17回 | ナノ
 彼は例えるならば春に降る雪みたいな人だ。迷惑ででも傍からみたら美しくて、それでいて幻想的な儚さがある。
 中学の友人にそう言えば「オマエはアイツに夢見すぎだ」と言われたけれどそんなことはない。彼の本質はあの友人たちの誰よりも繊細で強欲な美しいものだ。


「こんなとこまで追ってくるテメーは頭狂ってる」
「そんなことないよ、私は灰崎のこと大好きだからこれくらい当然」


 人のものを欲しがる彼の姿はいつだって輝いて見えた。欲望に忠実な人間の方が偽善的であるよりずっと魅力的なのは仕方がないこと。
 そんな彼の近くにいて愛していたいと思うのは、ただの欲か、それとも愛情か。
 好きか嫌いかと言われたら大好きだし、愛してると言ってもいい。ただそれは灰崎祥吾という人間に対しての愛で、彼とお付き合いして愛を育みたいのかと聞かれたらわからない。

 酷く曖昧な愛情を胸に私は彼の隣にいる。
 定位置になった横暴の隣は意外と居心地がよく飽きない毎日が送れた。


「私は思うのだけれど、灰崎は生きてて楽しいの?」


 彼がイジメられていてつまらなさそうとかそういう意味の質問ではない。
 今の生活は私にとってはなににも変えられない愛すべき日常だけれど、灰崎にとってはどうなのだろうか。
 熱中することもなく、ただのらりくらりと毎日を繰り返していく。その感覚は死んでもいいと思うくらいには絶望的だと、私の記憶にはある。

 灰崎は生きていて楽しいのだろうか。

 馬鹿みたいな私の質問に悪態をつくこともなくゴロンと寝転がる灰崎。吹きさらしの屋上はいつもより風が強く私の髪もさらわれてなびいている。
 遠くから聞こえる部活のかけ声、ブラスバンドの下手くそな演奏、耳障りな誰かの笑い声。放課後の学校はキラキラした雰囲気に包まれているのにこの屋上だけ切り取られたように陰鬱な空気だ。

「退屈ではある」
「帝光のときの方がよかった?」

 少なくともあの先輩が灰崎に構っていてくれた頃はこの人もそこらへんにいる学生と同じように青春を謳歌して、煩わしいながらに誰かに叱られることを幸せと捉えていた。
 帝光の灰崎に比べたら今の灰崎なんて残骸みないなものでいつ崩れてもおかしくないようなそんな危ういバランスで毎日生きている。生きる屍のような灰崎は見たくない。
 一年前のように、気になるものがあったなら人のものでも横暴に奪い取ってくるような生き生きとした灰崎にまた会いたい。

 懐かしき、青春時代。
 今の彼にはあの頃と別の魅力があることはわかっている。その壊れかけの様子は周りにもじわりと影響を与え、彼と関わるものを少しづつ壊していく。春の雪、はた迷惑でけれど美しいそれはやはり灰崎のイメージと同じ。

「虹村サンは最初から、最後まで俺の面倒は見れないって言ってた」

「センパイだからね」

「オマエはちゃんと自分だけのものを見つけてそれを大切にしていけってマンガみてぇなキザなこと言いやがる」

 虹村センパイはきっと私たちのことをちゃんと理解して、それぞれにできる限りのアドバイスを与えて去った。
 「人に輝きを求めてばっかいるんじゃねぇ」それが私へのアドバイスだった。
 センパイはちゃんと私が他人に青春を求めていたことを理解していた。それで、自らそれを経験しろとそう言いたかったのだと思う。灰崎へのメッセージのほうがずっとわかりやすいのに、それでも灰崎は何をすべきかわからないでいる。こんな陰鬱な屋上で燻っている。
 私はそれでも楽しいけれどね。



「本当はさ、黄瀬みたいに憧れを見つけて、何かに本気になって、心の底から楽しみたいんでしょ?」


 それは、禁句だ。
 黄瀬涼太という存在は彼にとって劣等感を与えてくるもの以外の何者でもない。自分より全てをうまくこなして、自分が手に入れた居場所をかっさらっていった諸悪の根源、許せるはずもない相手に、微かな憧れを抱いていることを私は知っている。灰崎は黄瀬涼太になりたかった。

 ダン、と大きな音をたててコンクリの床を殴った灰崎は見たことのないような表情をしていた。「なんでテメーがそれを言うンだよ」絶対の味方であったはずの私からの裏切り、そう感じてもおかしくない。
 悲しみと軽い絶望を織り交ぜた、親に捨てられた子供のような顔をする灰崎は哀れに見える。同情を抱いてしまうくらい彼は哀れだ。

 灰崎がもっと単純でシンプルなやつだったら話は早かった。そのほのかな憧れを追い続ければいい、そしたらいつの日かは彼にもスポットライトがあたって、求めた日々が送れていた。

 1にも0にもなれないような、悪役にも正義の味方にもなりきれないような灰崎には憧れを追うことなんてできるわけもなく、こうして胸にわだかまりを残したまま彼にお似合いな陰鬱な屋上で詰まらない日々を送るのだ。

 白でもなく黒でもないこの人はいつになったら自分の可能性に気づいてくれるのだろうか、灰崎がその気になればなんだってできるのに。

「ごめんね」

 不安げに瞳を揺らす灰崎を抱きしめてゆっくりと、ゆっくりとその象徴のような灰色の頭を撫でる。縋るように回された手を拒むこともせず、ただその体温を受け入れる。
 子供のように不器用なこの人はきっと一人では生きていけない。春に降る雪は賞賛されなければただの公害なのだ。

 溶けるようなぬるさを感じながら私は彼が灰色以外に染まれる日を待つ。


眩暈の温度と同じ

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