誰も通らない、夕暮れ時の屋上前の階段。 背中にある扉の窓から差し込む、夕焼けの、オレンジの光。 隣には、さっきから雑誌を捲って眺めてるだけの、友達。 数時間前、彼女に振られた。 理由は簡単。俺が彼女を一度も抱かなかったんだ。嫌いではない。けど、そこまで好きじゃない。 なら、なんで付き合ったのか。 彼女から告白をして来て、特に断る理由もなかったから(可愛い方だし)、付き合った。 だけど、なぜなんだろう。その彼女を抱こうとは思わなかった。 俺は別に、体だけが恋人ではないから。そう思ってたけど、彼女は違った。 彼女は俺に抱いてもらいたかったんだそうだ。それが、振られた理由。 そこまで好きじゃなかったけど、一ヶ月は付き合ってたから、それなりに情ってもんがある。 ショック、とまではいかないんだけど、まぁ、正直、落ち込む。 あとは、その彼女と友達の会話を聞いたから、てのもある。 『ホント信じらんない!』 『みょうじくんだっけ? 最後、なんか言ってた?』 『そう…解った、だって! 一度も抱いてくれないで!』 『…不能なんじゃないの?』 『それが、童貞らしいのよ。だから、ちょっと私付き合えてラッキー、とかって思ってたのにっ』 『やだ、みょうじくんの童貞狙ってたの?』 『なんか良くない? みょうじくん、かっこいいし!』 …あぁそうだよ、童貞だよ。 じつに在り来たり。声だけ聞こえて、向こうは俺がいるって知らないで話して。 付き合ってた子ぐらいはいたさ。でも、抱く気にはなんなかったんだから、童貞に決まってる。 ごめんなさいね、童貞あげられなくて。 そんな冗談みたいな事を言って、友達に振られた報告しようとしてたのに、結構ダメージが大きくて。 情けない事に、泣きそうになった。 格好悪ぃ、とかって思う余裕なんかない。 俺にだって、プライドはある。 童貞は、今のこの時代では格好悪い事かもしんないけど、俺はそういうの、大事にしたい派だから。 女々しいとか、そんな事知らない。俺は、俺だ。 そんな泣きそうな俺を、この友達はココに連れて来てくれた。 何にも言わないで、ただ、雑誌を眺める。 その横顔が、優しかった。何も聞かずに、でも、側にいてくれる事が嬉しかった。 「なぁ宮地」 「んー」 友達というよりも、親友のコイツ。 コイツのいい所。それが、人の心を読める事。 エスパーみたいな事じゃない。誰にでも優しくて、人と人との境界線を解ってて、深く追求しない。 だから今も、俺に何も聞かない。 その、コイツとの距離が、心地良い。 微かな嗚咽を零した時だって、何も言わない。ただ、側に。 「…ありがとう」 学校の帰り、帰り道でそう呟けば、ソイツは「何言ってんの」と、笑って言った。 キャラじゃねえよ、なんて言うその声は、いつもと同じ。 俺に、前と変わらないいつもの日常をくれた。 この時の事、この先、忘れないと思う。 コイツの優しさと、気遣いを。こんないい友達、この先現れないかもしれないから。 いつまでも、コイツと、この距離を保っていきたいと思うのは、俺だけかな。 やさしさの中へ沈めて欲しい |