第17回 | ナノ
「…余裕、ですか?」

彼の瞳は冷たく、私だけを映していた。今、自分の心に渦巻く感情を何と呼べば良いんだろう。恐怖?それともただの好奇心?そして彼の心にあるのは、苛立ちだろうか。目に見えないものは、私には分からない。彼にベッドに押し倒された状態でも、こんなことを考えられるくらい落ち着いていられるのは年の功だろうか。経験と言えば悪くない気もするけれど、それがまた彼の機嫌を損ねているのも知っている。当然、自分よりも若い子ばかりの高校という職場では周囲からは不本意だけど「おばさん」扱いをされ生徒たちよりも将来に悩み生きている。いつからか地味な化粧や服装を選ぶようになったし、夜更かしが出来なくなるし、私からすれば彼や、彼くらいの年齢の頃に戻れるくらいなら戻りたいくらいだ。

「もちろん」

そうは言っても、あの頃の私も早く大人になりたいと思っていた。恋人にするなら絶対に歳上じゃないと嫌だと友達と話していたし、道は違えど誰もが「大人になりたいと背伸びする子供」な自分を経験するんだろう。彼と一緒に居るとダメだと分かっているのに、昔の自分を見ているようですごく可愛く思えてしまう。彼の唇は柔らかく、とろけそうなほどの熱を帯びていた。部活を終えて私の家へ来た彼は、今日が金曜日ということもあってか遠慮がない。

「桜井くんって、同級生とかに好きな子居ないの?」

そう私が聞いたのは、彼がシャワーを浴び終えて一緒にテレビを見ているときだった。今日とある生徒から恋愛相談をされたことを後から伝え、もう一度彼に同じことを尋ねるとベッドへ引きずり込まれた。何でそんなこと聞くんですか?と言う彼の声はいつもより低く、私にその質問は地雷だと教えてくれる。髪の毛から落ちた滴が私の目尻を撫でた。これは自意識過剰なんかではない、確信。桜井くんは私に恋をしている。こんないい歳して、恋だなんて恥ずかしいけれどそれが最も的確な表現だろう。私は彼の心情を知りながらも話を続けた。だって桜井くんは、その先の言葉は彼の唇の中へと誘われ消えていく。もちろん言いたいことは分かっている、その上で気付かないフリをして少しだけ笑った。大人の定義はない、でも世間から見れば私は大人で、彼は子供だろう。

「子供扱いしないでください」

私の思考を読み取った彼の発言に背筋がゾクゾクした。そこで冒頭に戻るわけで、密かな動揺に気付かれないようにゆっくりと頷く。本当の私を彼は知らないし、教えるつもりもない。悔しいから言ってはあげないけれど、周りに居る同年代の女の子じゃなくて会話の内容さえも微妙にずれてしまうほど歳の離れた私を選ぶなんて、心底変わった子だと思う。

「桜井くん、私はあなたより歳上なの」

「知ってます」

「私と火遊びなんかしてバレたりでもしたら、大変なことになるよ」

あなたも、私の人生も何もかもが変わってしまうの。そう告げたことに深い意味はなかった。正論であり、事実だ。もしこれで彼がひるんで距離を置くようになるなら、それが一番だろう。そもそも、私たちはこうして触れ合うような関係性ではない。それなのに彼は言うのだ、変わっても良いじゃないですか、と。

「僕たちが変わらないなら、それで良いと思います。僕はあなたが本当に好きなんです」

遊びじゃないと、言いたかったんだと思う。それでも真っ直ぐに伝えられた気持ちに面食らってしまった。素直に感情を言葉に出来るのも、若さなんだろうか。私は彼より歳上だから、少なくとも彼よりは大人でいなくてはいけないと思っている。焦ったり揺らいでいるところを見せたくない。本当は、彼を好きな気持ちに余裕なんてないのに。私は足掻くように、大袈裟に笑った。あはは、と不自然なほどに明るい声を上げて彼の首に腕を回す。

「私とするの、そんなに好きなの?」

最低だと思った。でもこうでもしないと自分を保っていられない。私は驚いている彼に唇を寄せる。大人のキスもその先も、彼を満足させてあげられているのか本当はすごく不安なくせに。彼がそんな人間じゃないことは分かっているのに、私はとことんひねくれてしまっているみたいだ。プライドを捨てずに恋愛をするなんて、無理なのに。唇が離れたときの彼の紅潮した頬に、艶っぽい瞳に、私はきっと恋い焦がれている。

「好きですよ。あなたとすることなら、何でも」

耳元で囁かれた言葉は優しく私を包み込んだ。余裕なんてこれっぽっちもない必死な私を、いつも夢中で追いかけていて欲しいなんてバカな妄想をしていた私を、彼は愛してくれるだろうか。歳下の彼に、甘えても良いんだろうか。

「私でいいの?」

弱々しい声に触れるだけのキスが返事だった。いつからか無難だと選ぶようになっていた地味な色の洋服。上の服に響かないようにと買ったベージュの下着も、控えめなオフホワイトのブラウスもきっと彼は愛してくれる。目に見えないものは信じないから、早くあなたの愛を見せて欲しい。

「明日は部活休みなので、ずっと一緒に居ましょう」

それが最初から狙いだったのか、と思ったけれど私は黙って微笑んだ。朝がずっと来なくてもいいと思ったことをちゃんと口にしたことで、彼は嬉しそうに笑う。たまには子供みたいに素直になるのも悪くない。余裕なんて初めからなかった、だって私はこんなにも深く彼を求めている。もっと愛してくれなくちゃ、もっといやらしいキスをしてくれなくちゃ、我慢出来ない。


脱ぐためのブラウス

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -