「おはよう」 ふわりと漂った石鹸の香りに包まれ、首筋に顔を埋められた。 「あ、おはようございます辰也さん。まだ寝ててよかったんですよ?」 きゅっとお腹に手を回され、優しく包み込むような抱きしめ方が私は好きだ。 少し低い体温が洋服越しに伝わる。 「うん、でも今日は出かける約束していただろ?」 「そんなの昼からでもいいのに」 ベーグルにサーモンとレタスと炒めたタマネギを挟んで辰也さんを見上げた。 彼は一つ年上の辰也さん。 付き合ってもう二年になるか。 私のいた陽泉高校バスケ部に転校してきた彼がそこに入部したのがきっかけで、それから紆余曲折あり、私と彼は結ばれた。 そうして先日成人式を終えた辰也さんから同棲の話を持ち掛けられ、今私と彼は同棲している。 「いいんだよ、俺がなまえといたいんだから」 くすっと微笑んで今度はぎゅーっと力を込めて私を抱きしめる。 アメリカ暮らしの長い辰也さんはスキンシップをとることにも普通の人なら恥ずかしがって言わないことを言うのにも全く抵抗がない。 そういえば告白されたときも、頷いたらその場でぎゅーって抱きしめられておでこにキスされたっけ。 毎回赤くなってる私の反応を楽しみながら、それでもやめることなくスキンシップを取り続ける彼だから達が悪い。 しかもその度にすごく幸せそうな顔をするのだから、もう拒絶なんて選択肢はあり得ない。 「とりあえず食べませんか、朝ごはん」 そういうと、辰也さんは二人分のベーグルとあらかじめ作っていたスクランブルエッグを乗せたお皿を覗き込んで、ありがとう、と耳朶のリングピアスにキスを一つ。 態とらしくリップ音を響かせて。 本当に恥ずかしい。 「ほんと、なまえは変わらないね」 にっこり笑って、私を離したかと思うと紅茶を淹れ始めてくれた。 私はその間にベーグルサンドを持って行って、ミルクとお砂糖を用意する。 そうして、辰也さんが私の紅茶と彼のコーヒーを机に置いて、座ったら 「「いただきます」」 二人で一緒に手を合わせる。 昼ごはんは無理だけれど、朝と夜は二人の都合が合わない日(と言っても私も彼もバスケ部だからあんまりそんな日はないのだけど)以外は必ずする日課だ。 ベーグルサンドを咀嚼しながらコーヒーを啜る彼を見る。 彼が飲むのは決まってブラック。 別にカフェオレやマキアートなどを全く飲まない訳でも嫌いな訳でもない。 けれど朝は必ずブラックなのだ。 私なんて紅茶にすらミルクとお砂糖。 コーヒーなんて甘すぎるほどのカフェオレじゃないと飲めない。 二十歳になったら、私も飲めるようになるのだろうか。 それにしても、ただコーヒーカップを持っているだけなのに色気が溢れているように見えるのはなぜだろう。 彼の仕草は一つ一つ優雅で、出かければレディファーストを忘れない。 そして整った顔立ち。 右目の下の泣きぼくろはその整いを象徴するかのよう。 別に顔立ちだけで好きになったわけではないのだけど、本当何をしても絵になるくらいかっこいいのだ。 モデルでバスケ選手の黄瀬くんといい勝負だと私は勝手に思っている。 「どうしたんだい?」 にっこりと微笑んで私を見つめる彼は落ち着いた大人の雰囲気を纏っている。 一歳しか年が違わないなんて、まるで嘘のよう。 私が子供っぽいせいもあるのだけど、彼が大人っぽすぎるのだ。 「そこまでじっと見られると流石の俺でも恥ずかしいな」 なんてはにかむ。 やめてほしい、本当。 「いえ、辰也さん、大人っぽいなって思って…」 多分顔は赤いと思う。 ちょっと、いやかなり恥ずかしい。 すると彼は笑って 「これでも二十歳だからね」 なんて。 「でも、私もあと一年で二十歳です。」 ちょっとむくれると、先輩は上品に笑って 「なまえはいい意味で子供っぽいよ」 と言うから 「どういう意味ですか」 と頬を膨らませた。 すると先輩は手を伸ばして私の頬を突っつく。 「可愛らしくて、本当にいい子で大好きだよってことさ」 なんて笑うからもっと恥ずかしくなった。 ああもう… 大人ってずるい。 二十歳になったところで彼に勝てる気はしないけれど。 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「じゃあ、そろそろ行こうか」 ああでも、こんな幸せな朝がいつまでも続けばいいと思う。 「美味しいよ」って笑ってくれる彼と朝ごはんを食べる。 デートのときは手を繋いで街を歩き、夜ご飯も一緒に食べて、手を繋いで寝るような日々。 そして大好きな彼に恋して生きていく幸せでドキドキな日常に埋もれていたいと願うのだ。 大人ってずるい |