第16回 | ナノ


 するりと靴下を脱がせれば、生白い肌が露わになった。少しも日に焼けていなくて、少しも傷がついていなくて、まるで産まれたての赤ん坊のような肌に心臓が跳ねた。頭を覆う熱が増える。俺はそれほどに彼女の白い足にクラクラしてしまった。この手で撫で回し、この口唇でキスをしたい。目の前に座るなまえが俺のものだという証をここにつけてしまいたい。
 馬鹿馬鹿しい考えと甚だ迷惑な鼓動を振り払うように首を振って、なまえの足の甲に手を這わせる。とたんに彼女は少しだけびくついて、足を引いた。けれども、俺がしっかりと握っているから、彼女は逃げることができない。
 真っ白な彼女の足から顔を上げ、顔を見ると、驚くほど真っ赤に染め上がっている。赤と白の対比が一層、俺の理性を奪う。生理的な涙の膜が張られた瞳が苦しそうに俺を見つめていた。

「……やだ? ねぇ、やなら言ってよ。俺、やめるからさ」
「やじゃない、けど」
「けど?」

 なまえは恥ずかしそうにゆっくりと顔を背け、言葉を詰まらせる。黒髪の合間から除く小さな耳までも赤に染め上げられていて、彼女がどれだけ恥ずかしい思いをしているか、馬鹿な俺にもすぐにわかった。だけど、それは俺の罪悪感にはならず、快感として積み上がっていく。
 おかしいかもしれない、と何度自分を疑ったことか。彼女が泣く度、怒る度、俺はゾクゾクと背筋に走る快感を感じていた。俺がすることに、俺が言ったことに、なまえは逐一、健気なくらいに反応してくれて、それが嬉しかった。愛する彼女にこんなトウサク的な思いは抱えていけないのではないかと何千回も思った。それでも、止められない。
 今日だって、彼女の部屋に入るなり、俺が足を触らせて欲しいといえば、なまえは誰かに助けを求めるように二人しかいない部屋を見回して、うるさい鼓動を押さえつけるように左胸に手を当てていた。それから小さく聞こえたオーケーサインに、断られるとばかり思っていた俺は舞い上がって、今に至る。
 するり。彼女が止めてしまった言葉を急かすように、親指をくすぐった。びくり。なまえの華奢な肩が跳ね上がる。

「恥ずかしいしっ、くすぐったいから、早く終わらせて……!」

 床に敷かれた毛足の長いラグをぎゅっと握り締めて、なまえは泣くような声で言った。どこか涙に濡れる声は、聞きようによっては喘ぎ声にも聞こえてしまう。大きな瞳を潰して、口唇を噛み締めて、この子は今、自分がどんなことをしているかなんてわかっていないのだろう。どこまでも純粋に真っ白ななまえを汚したくなるのは、俺が人間ゆえ。
 俺の手にすっぽりと収まってしまいそうな小さな足をくいと持ち上げると、なまえは焦ったような顔をして、目を見開いた。俺たちの目と目が合ったとき、意味深長に微笑む。

「それはちょっと、無理かもしんない」
「……は?」
「俺、なまえの足だけでめっちゃ興奮してるし。……あ、ちょっと、そんな顔しないでよ。絶対、襲わねぇから」

 だからその代わりと言ってはなんだけど、丹念になまえの足を愛でさせて欲しい。その言葉を飲み下して、俺はさらに白い足を持ち上げた。
 五本の指全てにマニキュアが塗られている。桃の花を想起させるような薄いカラー。そういえば、なまえは桃色が好きだとこぼしていた。綺麗で儚いマニキュアは驚く程に彼女に似合っていた。
 さわりと触れるだけで、面白いくらいに反応して、時々漏れる笑いをこらえるような吐息が、さらに俺を熱くした。つるりとしたかかとを撫でて、どうしてやろうかと足を見つめる。
 人に身体を触れさせることは愚か、喋ることさえ苦手ななまえと一ヶ月かけてお友達に、更に二ヶ月で彼氏という立ち位置に、そこからまた四ヶ月でやっとこさ手を握ることを許してもらえた。そんな彼女がいきなり足を見せて欲しいという願いに答えるには、相当の勇気が必要だっただろう。あの時も今も、小さな拳をわななかせている。
 愛おしい、愛おしい。狂ってしまうくらいに、愛おしい。大切だし壊したくもない。怖い思いはさせたくないし、彼女のためにならなんだって我慢できる。でも同じくらい、汚してしまいたい。その身体の他人が触らないようなところに、俺のものであるという所有印が欲しい。

「なまえ、愛してる」

 怯える彼女へそっと囁く愛の言葉。人と関わることが苦手でも、なまえはたどたどしく、愛を返してくれる。小さく震えた透き通った声の「私もだよ」という言葉に後押しされるように、俺はかぷりと喰んだ。
 愛おしい小さな白い足、熱で惚けた頭で幸せだと思った。
 ももいろのつま先に俺の所有印を、俺はどこまでも彼女のものだ。


ももいろのつま先


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