第16回 | ナノ


※社会人設定


「好きです」
 まっすぐに見つめて来る瞳を見つめ返した。……なんだこの物体は? 好きだの嫌いだの、俺の周りにはそんな言葉を本気で口にする人間はいない。たぶん、俺の知らない女だ。改めて観察してみると、今年二十八になる俺とは下手したら一回り違うのではないかと思えるほど幼く見えた。
「……人違いじゃねえのか」
 玄関の扉を閉めようとする俺の腕を掴み必死に見上げる顔に、一瞬どこか見覚えがあるような気もしないではなかったが、思い出すことはできなかった。
「人違いなんかじゃないです。みょうじ美春……覚えてませんか? 三年前、あなたが付き合ってた……」
 その言葉に首を傾げる。三年の間に付き合った相手は両手では足りない。真剣な眼差しで俺を見つめる瞳、面影のある女の顔を思い出した。
「あぁ……そういや、んな女がいたような」
「あの! わたし、姉の、美春の妹です。なまえと言います」
 俺の言葉を遮りなまえと名乗る少女は言った。美春は胸が大きく、情熱的なセックスを好む女だった。確か今年二十四になるはずだ。随分と歳の離れた妹がいたものだ。
「美春は元気か?」
 お互い遊びだったし、二ヵ月ほど楽しんで別れた。今更昔の女の消息になど興味はなかったが、当たり障りのない質問を返した。緊張気味のなまえがゆっくりと頷く。
「はい、相変わらずです。……あの、付き合う相手はこだわらないって聞きました。わ、わたしじゃ、ダメですか…」
 相変わらず遊んでいると言うことか。そう簡単に性格は変わらない。零れそうになった笑みは、だが、続く言葉に掻き消えた。確かに俺は付き合う相手にこだわらない。今まで付き合ってきた中には平凡な子もいれば、ぽっちゃりした子もいた。結局は互いに楽しめればそれでいいのだ。とは言え、もちろん誰でもいいと言う訳ではない。面倒なのは御免だ。だから後腐れのない相手としか遊んで来なかった。思い詰めたように俺を見つめるなまえはどう見ても気軽に付き合える相手じゃない。そもそも、俺は未成年は相手にしないことにしている。
「……生憎だが、子供とは遊ばねえ主義だ。分かったらさっさと「子供じゃないです! 先週ハタチになりました。わたし、大人ですっ!」
 あまり人の話を聞かない子のようだ、また俺の言葉を遮った。どう見ても高校生だと思っていた相手が二十を超えていると聞き、正直驚いた。大きめの瞳は姉に良く似ている。鼻や唇、どのパーツもそれなりに形がいいが、その配置のせいで年齢より幼く見えてしまうのだろう。しかし、俺の言う大人、子供と言うのはそう言うことではない。なまえは淡々と続けた。
「こないだ偶然、宮地さんが女の人と別れ話してるのを見ちゃって……それでわたし……宮地さんがずっと好きだったんです、姉と付き合ってる時から。……遊びで、いいんです。わたし、上手くないかも知れないけど、その、セックスフレンドってのでもいいです。……好き、なんです……」
 一番厄介な相手だと思った。俺には重過ぎる。だが、緩く唇を噛み、上目遣いで俺を見つめるなまえを可愛いと思った。同時に面白いとも思った。姉の美春はこんな顔はしなかった。彼女は他人を見下すことはあっても見上げることはなかった。世界の中心は自分であり、他人の表情を伺うようなことはしなかった。よく似た顔の姉妹なのに、その表情は全然違う。
「一週間」
「え?」
 気付くと口にしていた。
「とりあえず一週間、試しに付き合ってやる」
 一瞬不思議そうな顔をしたなまえが次の瞬間には満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「はい!」
「……入るか?」
 俺の差し出した手を僅かに躊躇しながら、しかし、しっかりと握り返す手。しっとりと暖かい。その握り返す力強さに驚いた。どこか頼りなさげに見えるのに、芯のしっかりした子なのかもしれない。その辺も姉とは反対だ。玄関の扉を閉めながら、案外長い付き合いになるかもしれないと予感した。


どきどきするね


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -