※狂愛
なまえとマイとトーマとシンは幼馴染みだ。それは物心ついたときからそうだった。なぜか一緒にいることにだれも疑問を持たなかった。両親どうしが仲が良かったせいもあるに違いないけれど、あのころのなまえはこの四人でいつまでも一緒に居られると信じていた。子供のころの話だ。
しかしそうはいかなかったのだ。私はトーマから思いを告げられた。好きだ、と。ねえトーマ。好きってなあに?子供の私はそう彼に聞いたのだ。 私は無知だった。今ならそれがよく分かる。何故私はあんな無粋な事を聞いたのだろう。
「ただいま。 いい子にしてたかなまえ?」
私が閉じ込められている鉄製の頑丈な檻の前にしゃがみ込んで、トーマは私に微笑みかけた。ゆっくりとトーマの方を向けばさらに彼は嬉しそうに笑う。
「おか、えりなさい…」 「うん。 どうやらいい子にしてたみたいだな。 いい子だ、偉いね」
よしよし、とトーマは私の頭を愛しいものを愛でるように撫でた。心地いいとも怖いとも思わない。ただ、何故私がここにいるのかが理解できなかった。
「ねえ、トーマ…? 私はいつまでここに居なきゃいけないの…?」
お父さんとお母さんは元気だろうか。マイは?シンは?あの日、――私がトーマに告白された日から私はトーマ以外の人間に会っていない。泣きたい衝動に駆られたけれど、不思議なことに涙が全くでないのだ。
「(枯れて、しまった…)」
心も、身体も。もう何もかもが枯れて、消えていく。感情も私は持ち合わせているのか分からなくなっていた。
「いつまで? そんなの聞かなくてもわかるだろ?」 「え…?」 「"ずっと"に決まってるじゃないか」
なまえは俺のことが好きなんだろう? そうなのか。私が、トーマを好きだから、この檻に入っているのだろうか。そもそも、好きってなんだろう。知りたくても、トーマは教えてはくれなかった。両親のことも、他の幼馴染のあの二人のことも。私がかろうじて覚えていることなのに、何故だかそれらも最近頭の中でぼやけるようになっていた。
「そうだ、そろそろなまえもぬいぐるみは飽きたんじゃないかと思って、花を買ってきたんだ」
そう言って彼が取り出したのは真っ赤な花と真っ白な花の束。燃えるような赤と由希のように透き通った白い花びらはどこかこの空間には不釣り合いだった。
「なあに?このお花」 「アネモネ、って言うんだ。 この花を見たとき、なまえに絶対似合うと思ったんだ」
トーマはその花の植えられた鉢を私の檻の前に置いた。 やっぱりどこか、浮いていた。その花の美しさは、ここでは異常でしかなかったのだ。
「トー…、マ…」 「うん? ああ、もうこんな時間じゃないか。 お腹空いたろ?ご飯にしような」 「いい、お腹…空いてない」
そんなことよりも、二人に会いたい。 ―――そう口にした瞬間、トーマの顔つきが変わった。私は背中が泡立つのを確かに感じた。ああ、なんだ。私にまだ"恐怖"という感情、感性が残っていたんだ。こんな時だけやけに冷静な自分に驚いている。
「…シンのこと?」 「シンと、マイは…?」 「ねえなまえ? シンって誰?」
―――何を言い出すのトーマ? ほら、いつも四人で一緒に遊んでいたじゃない。公園で追いかけっこして、私がこけちゃって、シンとケンカもして、そんな私たちの仲介にマイとトーマが入ってくれてたじゃない。
「幼馴染の、シンだよ…?トーマ、忘れちゃったの…?」 「忘れるも何も、シンってやつは初めから居ないよ?」
トーマの声色はうそをついていなかった。でも、表情は強張っていて、それが嘘だと言っているようなものだった。 それにしても私はさっきからシンのことばかり考えている。全然会っていないのに、どうしてこう、無性に会いたくなるのだろう。
「きっと疲れてるんだな。 ご飯はまたあとでにしよう。 俺が添い寝してあげる」
そしてまたトーマはいつもの笑顔になって、檻の中に入ってきた。ただでさえ、トーマが持ってきたぬいぐるみやクッションで中は狭いのに、もうすっかり大きくなったトーマが入ってくると、ぎゅうぎゅう詰めになってしまった。 あれ、なんだか眠い。さっきまでずうっと寝ていたのに。視界の隅に映る花は何だろう。あんなの、あったっけ?
「おやすみ、なまえ」
ああ、もうどうでもいいや |