「なまえ」 低い声が、私を呼ぶ。 甘いような、優しいようなその声を感知して鼓膜が震える。 「和成」 彼の名前を呟いた。 艶やかとさえ思えるこの人の声と、表情。 いつもは凛々しいと彼の顔がこんな風に歪む事を知っているのは私だけ。 なのに… 「なまえっ」 彼が呼ぶのは私の名前なのに、その目に映るのは私じゃない。 それでも、彼が必要とする限り私は彼に抱かれ続けようと思った。 だからいつも通りの台詞を言う。 「和成、目瞑って」 「目?なんで?」 いつものやり取り。 いつも通り、お互いに息は荒い。 「私、耳塞いでるから。だから」 唇が唇で塞がれる。 その先は言われたくないのか、初めて私が提案した時から彼はこの続きを言わせてくれない。 「ごめんな、なまえ」 呟いて、私の額に一つキスを落とす和成。 儚く、情けなく、悲しそうに笑う和成。 ああ、本当にやめてよ。 そんな顔するから、私は貴方から離れられないの。 私はゆっくり目を閉じて、耳を塞いだ。 二人で絶頂まで上りつめれば、後に残るのはどこか気不味い空間。 けれど、それでさえも愛おしく思えてしまう私は狂ってしまっているのだろうか。 いや、この関係を続けている時点で、私は既に狂っているんだろう。 「ねえ…」 「ん?」 私が呼びかければ高尾くんはそれにちゃんと応えてくれる。 「ううん、なんでもない」 「はっ、なんだよそれ」 彼の指が優しく私の髪を梳く。 その優しいような悲しいような笑顔を見たくなくて一つ、欠伸をこぼして見せた。 「何、眠いの?」 「うん、疲れちゃった。」 「はは、俺も」 「じゃあ一時間後にアラームセットしとくね」 そう言って携帯を操作する。 「おやすみ、高尾くん」 「おやすみ」 私が目を閉じて数分、隣の高尾くんからはすうすうと心地良さげな寝息が聞こえてくる。 そっと目を開けると、穏やかな顔で眠る高尾くん。 「和成…」 情事の時しか呼べないその名前を呟いた。 ねえ、和成。 貴方は本当に優しいよね。 でもね、その優しさが私の心を傷付けていくって、貴方は知らないよね。 涙が止まらない。 本当は、耳を塞いでいても聞こえるの。 貴方が誰の名前を呼んでるか。 自分で呼んでって言うくせに、その名前を聞く度に心臓が止まってしまいそうなくらい痛い。 でも、でもね。 私、貴方を愛してる。 もう、好きなんで域はとっくに越えてしまったの。 今は貴方なしではもう、生きていけない。 ねえ、和成。 あなたが満足するまでそばにいるから… 何度でも抱かれてあげるから… あの子の代わりに愛してあげるから… だから 私の鼓膜を刻んでくれますか? あなたの呼ぶその名前を、私は聞きたくないのです。 私の鼓膜を刻んでくれますか |