第14回 | ナノ
※学パロ


「脱処女したわ」

ジャンプを何気なくめくっていたら、勝手にベッドを占拠しやがった幼馴染は何食わぬ顔をして言った。クリスマスなのに暇人だな、なんて沈黙を止めるための陳腐な言葉も宙に浮かぶ。
え?脱処女?脱サラみたいなノリ?

「は?」
「いやーもう痛いんだねえー歩くのも一苦労だわアイテテテ」
「え、あのさ、それ言う?言うの俺に?」
「いやー銀時には何でも言っちゃいたくなるよねえーなんでだろうアイテテテ」
「脱サラだの脱毛だの知らねえけどお前の股が大丈夫?」

思わずジャンプを閉じて痛そうな彼女の腰をさすってしまった。プリーツスカートに包まれた腰に、こいつ制服でやったのかよ、と生々しくてなんか引きそう、てか引いてる。普通幼馴染ってのは時が立つほどにどんどん距離が開いていくはずなのに、奇妙なことにこいつとは未だにほどほどの関係が続いていた。けっして色恋に至るわけでもなく、友情ほどに爽やかでもなく、なんだか生ぬるい観光地の足湯みたいな関係。

「お前付き合ってるやついたんだな」
「それがねえ、できちゃったんだよねえ」
「あ?ガキ出来たの?」
「できてねーよ彼氏だよ」

後ろ向きに寝っころがる彼女の背中はなんだか誰のものでもない気がした。それでもこいつはヤった後で、きっと、制服の中にはセックスの痕跡がたくさん残っていて、女っていうのは隠すことがうまい。紺色のプリーツスカートから見知らぬ匂いがした。男くせえ、しかもこれ、ちょっと知ってるわ。あんま仲良くねえんだよなあ、ってかあいつと?あいつとヤったの?

「あ、彼氏土方なんだよね」
「あ、なんだよ長谷川さんかと思ったじゃん……え?」
「長谷川さんは妻子持ちじゃん。どんな相手想像してんだよキミ」
「いやそっちのがねーよ。土方?土方なの?あのド腐れ風紀マヨネーズ?」
「あーそうそうあのビンビンマヨネーズ」

そんな腰痛ませるってどんなことやってんだよあんたら……、自分の目つきが見る見るうちに生ぬるくなっていった。まさかうちの幼馴染様に手ェつけたやつがあのクソ部活バカ?真面目に硬派を気取っといてヤることヤってるの?ていうかこいつ、俺の近くにいていいわけ?恋人たちの謝肉祭だよ今日。どうでもいいが謝肉祭と書いてカーニバルと読む。

「土方部活なんだって、クリスマスなのにさあ、イブも当日もどっちも部活」
「……行かねえのか?」
「だって私が行ったとこで邪魔じゃん」

面倒な女になりたくない、そんな口ぶりで、彼女は細い腕で枕を抱きしめる。彼女はどこか他人に無関心で、だから俺ともこうやってだらだら幼馴染なんてアニメのちっぽけなラブコメみたいな設定に収まっているんだろう。いや、現実はもっとくだらない。

「なんでさあ、銀時は部活はいんなかったの?」
「あんな汗くっせえのやりたかねえよ」
「たまに、あんたのこと見てるよ」

ひじかた。

桜貝のように淡い唇はこちらを見てささやく。嫉妬を剥き出しにした言葉にも聞こえるのに、淡白な唇をしていた。無性にむしゃぶりつきたくなるような、蠱惑的な響きに背筋がぞわりと波打ち、そーかよ、と乱雑に返す。俺にとってはそれが精一杯だった。
彼女は突然に空気を震わして、雰囲気を一変させるようなところがあった。いつだってこいつはにっこりと笑みを貼り付け、どこか知らないところへ消えていく。俺を連れていかずに一人で、気がついたら、俺の知っているやつによく似た、知らないやつに変わってる。
例えば習っていたバレエをやめていたり、何食わぬ顔をして俺と同じ剣道をして、だるくなった俺はやめて、気がついたらあいつもやめていて、ふと、似た者同士なんだ、って間抜けな俺は安心したけれど、本当は違う。

こいつの変わるくせは、趣味のようなものだ。

「髪、また切んのかよ」
「どーしよ。悩んでる。土方、長い髪のが好きかな?」

あ、ネウロって終わったのな、暗殺先生になっちゃった、彼女は俺の溜めたジャンプを勝手に手に取り、我が物顔をして捲る。幼馴染なんてラブコメの王道で使い古しだけれど、俺はこいつを好きにはならない。

「好きにすれば」
「銀時は女の好みがよくわかんないよねえ」
「お前だって男の趣味がトチ狂ってるよ」
「土方はいいやつだって」
「でもあいつ、前に女いただろ」
「知ってる」
「……は?」

彼女は長いまつ毛を伏せて言った。

「土方はさあ、本当は私のことなんて好きじゃないのかもしれない。確かにあいつから告白してきたけど、ぶっちゃけ私あいつのこと好きじゃねーし、でも今までの彼氏に比べたら断然いい男だったしまあいっかって流されちゃった。だから付き合ったはいいけど、案外情けないし部活ばっかだし、彼氏らしいこと一回もされたことないんだよね。たまに別れてえなって正直思うけど、なんだかんだ好きになっちゃってさあ。前の女なんて知らねーや、って軽いノリで付き合った自分がすっごい悔しい。ふとした瞬間に土方の中にその人がいて本当はめっさ腹立つし土方コノヤローテメーのホームランバー切ってやろうかコノヤロー死ねってなるし、でもヤっちまったしとどのつまりあいつもう、」

彼女は貝のような唇で言った。

「ちんこもげちまえ土方コノヤロー」

俺は言った。

「ミイラ取りがミイラになってんじゃねーか馬鹿」
「うるせえ天パ」

不思議と部屋中に静かな沈黙が広がり、時々女独特のすすり泣く、鼻水の音がする。こいつの泣き顔って、意外と不細工だったりする。なあ知らないだろ土方くん、案外こいつって馬鹿なんだぜ。なあ知らないだろ土方、案外こいつって京女みたいにネチネチネチネチ気にするタチなんだぜ。そんなに出来た女じゃないし、クリスマスは誰かが隣にいるのが思ってるんだ。本当は俺が隣にいることを惨めに思うくらい、ブランド意識が高いんだよ。
肩につくくらいの毛先に触れた。あいつもう、こいつの髪に触ったのかな。木造の家からは隙間風がびゅうびゅう吹いて、時折彼女の頼りなさげな視線が震えた。一昔前のからからした窓から映る青い空から、伝染する悲しみ。

「別れろよ」
「好きなんだよ」
「……別れろ」
「無理」

磨き上げた原石みたくきらきらと淡く光る、宝石みたいな笑顔。あいつは気がつかない。俺は誰にも気づかれないこいつの、女神みたいに儚くて柔らかくて天国みたいな笑顔を讃えたくなる。傷ついた彼女の性器に、もはや処女じゃないからマリアにすらなれないのに、脱サラとかジャンプとかそんなくだらない日常の中でふと、泣きたくなるくらいに美しいことに出会う。

「じゃあ仕方ないだろ」

本当はお前を他の女の代わりにしたあいつに憎悪が溢れているし、俺にしろよ、なんて悪夢から彼女を救う夢だって見ていいはずなのに、これっぽっちもそんな気がわかなかった。俺はこの女を好きにならない。言い聞かせるように心の中で復唱する。手に入ったところで、そこには俺の知らない別の誰かがいる。

「銀ちゃんのこと好きになりゃよかった」

青い空に、竹刀もバレエシューズもなにもかも捨てて消えることができたらよかったのにな、しわくちゃな泣きそうな顔を抱きしめて、気が狂いそうになる。真っ青な空、幼馴染、脱処女、他の女、街角の売れ残るケーキ、そして俺は、途方に暮れ、彼女の必死に演出した天国を、野蛮に讃える。



私の性器を讃えてくれますか

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