第14回 | ナノ
わたしには父がいなかったけれど、三成には母がいなかった。
わたしのお父さんはわたしが幼い頃に死んでしまった。車に轢かれたとか自殺を図ってビルから飛び降りてなんていう人様に迷惑をかけるようなものじゃなく、浮気して出て行ったのだ。この話を友人に言うと苦い顔をして「それは死んだと言わないだろう」などと言われたが、お父さんが浮気をしてわたしたちを捨て出て行った瞬間にわたしの中では父という存在は死んだのだ。たとえこの世のどこかに存在していようとも。しかし三成のお母さんはほんとうに死んでしまった。それはわたしのお父さんが死んでから少したって、けれど三成は今よりずうっと幼かった頃。三成はわたしからすれば弟のようなものだった。わたしの家と三成の家が隣同士で、よく三成と遊んでやったこともあった。おばさんはとっても綺麗で、儚げな雰囲気を纏っている人だった。しかし根はしっかりとしていて、いつもわたしと三成を微笑ましそうにみていたのをよく覚えている。わたしは三成よりも五つも年上だったから、よくおばさんに「三成のことをよろしくね」と優しい笑みで言われ、まだ幼かったわたしは頼られることが嬉しくも誇らしくもあり率先して三成の面倒をみていた。

おばさんがいなくなって周りの人が泣いているのを見て、「どうして泣いているの?」という疑問をもつほどわたしは幼くなかった。箱の中で真っ白な顔をさらに真っ白にして眠っているだけなんじゃないかと思うほどの穏やかな表情を浮かべるおばさんも、たくさんの黒い服を着た大人たちもどこか遠くに感じていた。まるで生ぬるい温水のなかから水面の様子を見ているような、夢か現か分からぬボーっとした状態でいるかのようだった。しかしわたしの手を痛いくらいの力でぎゅうっと握りしめながら、なにかに耐えるように必死に大人たちを睨みつける三成を見た瞬間、急にひやりとした得体の知れない恐怖がわたしを襲った。この子は、いやに大人びていて誰にも心のうちを曝け出そうとしないこの子は、これからどうなってしまうのだ。

「三成のことをよろしくね」

不意にその言葉が脳内をよぎる。そうか、おばさんは言っていたじゃないか。ならわたしがこの子を支えてやらなきゃ。三成の唯一になってやらなきゃ。彼の手をぎゅうっと握り返してやると、一瞬ぴくりと体を揺らした三成が此方を見上げる。

「なまえ、」

鈍い光を発した翡翠色の瞳がわたしの知っているものじゃないようで。

ぞわぞわと得体のしれないものが脊髄を駆け抜ける。三成の口がゆっくりと開かれるのを見た。歓喜、諦め、切望、同情心、さまざまな感情がわたしの中をせめぎ合う。

「ずっとわたしのそばにいろ」

こくり、頷いたわたしを見て目を細めた三成は、一体なにを思ったのだろう。



私の脊髄を舐めてくれますか

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