※捏造設定 シンドリア王宮の女官を勤めて五年。紫獅塔つきの女官となったのが三年前。なまえはシンドリア王、シンドバッドの身の回りの世話を担う女官だ。 なまえの朝は、大鐘が鳴ると同時にシンドバッドを起こすことから始まる。寝起きの悪いシンドバッドを起こすのはお手の物で、それから着替えを手伝い、身支度を整え、食事の世話、スケジュール管理も仕事の一部に含まれているため食事が済んだあとにスケジュールを告げ、シンドバッドを白羊塔に送り出してから、紫獅塔の掃除に、王や官たちの衣装の洗濯、適度な休憩をとりつつ、残りの仕事をこなしながらシンドバッドの帰りを待ち、帰宅後は食事や着替え、入浴の手伝いをし、シンドバッドの就寝を確認して、そうしてやっと一息つけるのだ。 王専属の女官は、なまえを含めて三人である。交代制のため、王付きでない日は普通の女官と変わりない仕事内容を義務付けられているのだが、なまえは王専属となって日が長いため、他の女官よりも優遇されていた。そういった経緯からやっかみや妬みは絶えないのだが、女官長や副女官長からの信頼は厚く、幸いにして官たちからは細かいところにも気が利く女官だと認識されている。そのため、大仰になまえに嫌がらせをするといったことは少ない。それでも、影でこそこそと噂されるのは気分がいいものではない。どんな噂かは分からないが、おそらく良いものではないだろう。 なまえは市井の出だ。悪質なことや陰湿なことには耐性があるため、今の状況はそれほど苦ではない。市井の方が余程面倒だったし、生きていくのに随分と苦労したものだ。それに比べれば、王宮の嫌がらせなどまだまだ軽いものである。 なまえを含めた女官たちの朝は早い。他の使用人たちも慌ただしく己の仕事に従事している。それを横目に、なまえはシンドバッドの私室に向かっていた。 そろそろ大鐘の音が鳴る頃だ。回廊に連なる窓辺から朝日が入り込んでくる。暖かな陽射しに目を眇めながら、歩き慣れた回廊を辿り、ようやく見えてきた扉の前に立つ。だが、ふと違和感を覚えた。 (兵士が…) なまえは目を瞬かせる。見張りの衛兵がいないことに首を傾げ、不審げに思っていると、鐘の音が鳴り響いた。なまえは思考を中断させ、慌てて扉をノックする。 「王、起床のお時間です。王、」 扉越しに掛けるが反応はない。いつもなら何かしらの声が返ってくるはずが、静寂ばかりが漂う。なまえは息をつくと、そっと扉を開けた。 室内は明るかった。日当たりの良い位置なのだから当然だろう。天幕つきの寝台に近づき、ベールを剥ぐように天幕の袖を払うと、心地良い寝息を立てているシンドバッドと、シンドバッドに寄り添うように眠っている四肢の美しい女性が視界に飛び込んできた。 ふたりは生まれたままの姿をしていた。かろうじてシーツを纏っているが、その下もおそらく何も身に付けていないのだろう。寝台の乱れを見れば、昨夜何があったかは一目瞭然である。 こうして、シンドバッドの褥を垣間見るのは初めてではなかった。見張りの衛兵がいなかったのは、おそらくシンドバッドが人払いをしたからだろう。 なまえはやれやれと肩を落とした。荒んだ目で寝台のふたりを見やる。 許されるならこのまま立ち去ってしまいたい。そんな衝動に駆られるけれど、そんなことは許されないし、許される立場でもない。早くシンドバッドを起こして、直ぐにでも政務に取り掛かって貰わなければ、なまえまで政務官から小言を貰い受けてしまうだろう。 なまえは逃げ出したい欲求を押し留めながら、重い息を大袈裟に吐き出すと、シンドバッドの肩に手を添えて、ゆさゆさと体を揺さぶった。 「王、王。起きてください、シンドバッド王」 「……ぅ、」 軽い呻きと共にシンドバッドの瞼が開く。澄んだ色の瞳が現れ、その中になまえを映すと、シンドバッドはパチパチとまばたきをして、「ああ。なまえか。おはよう」と欠伸を噛み締めながら暢気な挨拶を口にした。なまえはシンドバッドの様子に呆れながらも「おはようございます」と返すと、シンドバッドに向けていた視線を娼婦に向けた。 「そちらの方はどうなさいますか?」 「そちら……って、あー……」 「…………」 「…………」 「王」 「な、なんだ」 「差し出がましいとは思いますが言わせていただきます」 「……。聞きたくないんだが?」 「駄目です。聞いてください」 「……はは。そう怖い顔をするものじゃないぞ。可愛い顔が台無しだ」 「話を反らそうとしても無駄ですよ」 なまえは何度目かになる息をついた。 「わたしも言いたくありません。女官の身ですから不敬に問われても仕方ありませんが、言わせているのはあなたです、王。このまま知らぬ存ぜぬは突き通せません。あなたはもう少し限度というものを知るべきです。節度もありませんし、節操が無さすぎます。あまり過ぎたことをされているとジャーファル様のお怒りを買われますよ。自重なさってください」 「すまん…」 「いいえ。お分かりになられたのでしたら結構です。……朝食が整っておりますのでご支度を。朝議に間に合いませんよ」 「ああ。分かった」 苦笑を滲ませながら頷きを見せたシンドバッドは、ぞんざいなそれで寝台を抜けた。シーツが滑り落ちて、肢体が露わになる。なまえが思っていた通り、シンドバッドは何も身に付けていなかった。 「王…」 「ん? なんだ?」 「その見苦しいものをどうにかしてください」 「見苦しいとはあんまりだぞ、なまえ。俺の息子はこんなに立派に……」 「冗談は顔だけにしてください」 「いや、待て。その表現は可笑しいぞ。俺はこれでも整った顔を…、」 「口よりも手を動かしてください」 「……きみはジャーファルより厳しくないか?」 「気のせいです。さ、お召し物を」 衣服を手にシンドバッドに歩み寄ったなまえは着衣を促す。しかし、シンドバッドはそれに目もくれずに、なまえの腕を掴んだ。 「王?」 「きみは……どうして俺に靡かないんだろうな」 その言葉になまえは目を見張った。 「こうして女を連れ込んでも顔色ひとつ変えないとはね…。既に心を許した男でもいるのかな?」 「っ、」 「妬けるよ。本当に」 シンドバッドは意地の悪い笑みを浮かべる。掴んでいる腕を引き、華奢な体を自身の腕の中に閉じ込めた。 「っ、お戯れが過ぎます」 「遊びじゃないさ」 「駄目です。か、彼女が起きてしまいます」 「だったら見せつけてやればいい」 「朝議が…」 「ジャーファルがなんとかしてくれるだろう。問題はないな」 「王」 「ほら、顔を上げて。俺によく見せてくれ」 そう促され、なまえはおそるおそる顔を上げた。 「キス、してもいいかな?」 「っ、」 「怯えなくていい。それ以上のことはしないよ。ほら、口を開けて」 「だ、だめ、ですっ……王、……シンドバッドさま、だめ…」 「大丈夫だ」 「でも、でも」 「後ろめたい気持ちがあるなら、俺のせいにすればいいさ」 「っ……」 「きみは悪くない。俺の命令に従ったと思えばいい」 「王、」 「舌を出して。……気持ちのは好きだろう?」 唇にシンドバッドの吐息が掛かる。ぴくりと肩を震わせると、唇に暖かなぬくもりが重なった。 舌を軽く噛まれて、甘く吸われる。上顎をくすぐられるようにして舌先で撫でられた。腰の辺りに甘美な痺れが走り、背筋に快楽が這い上がっていく。確かな快楽が欲しくて、ねだるように舌先を差し出すと、シンドバッドは喉を小さく鳴らして、微かな笑みを浮かべた。 不意に唇を啄まれて、反動で淫らな音が響く。聴覚まで犯されているような感覚に襲われ、酷い酩酊感に浮かされる。 口内に溜まった唾液をこくりと嚥下すると、名残惜しげに唇が離れていくのが分かった。離れる寸前に、軽く舌先を吸われる。立っていられなくなり、シンドバッドにすがりつくと、彼は嬉しそうになまえを抱いた。なまえの濡れそぼつ唇に笑みを浮かべる。 「気持ち良かったみたいだな。顔が真っ赤だ」 「…見、ないで、ください……っ」 「かわいいよ」 「っ、やです…。みないで」 「こういうときくらい素直になったほうがいいぞ」 「っ……、」 唾液で濡れたままの唇に、シンドバッドの指先が触れる。親指の腹で優しく拭われた。なんでもないような仕草だが、なまえの目には卑猥に映り、羞恥が沸き上がってくる。力の抜けた腰が甘く震えた。 「ほら、もう一度だ…なまえ」 「そんな…」 「まんざらでもないんだろう? キスして欲しそうな顔をしているぞ」 「っ……ちが、」 「我慢するな。素直になれと言っただろう」 「でも、わたし…」 「ほら、なまえ」 「っ………はぃ……」 消え入りそうな声で返すと、なまえはシンドバッドの頬に両の手を添えて、そっと顔を寄せた。唇に触れる寸前で、口を小さく開き、舌を覗かせる。まるで、吸って欲しいと云わんばかりの行動にシンドバッドは気を好くすると、なまえの望み通り、唇を塞ぎ、舌を吸った。 「、んっ……」 唇の端から熱く湿った吐息が零れる。なまえは懸命にキスに応え、シンドバッドの技巧についていうと必死に追いかけた。 脳裏に朝議のことやジャーファルの姿、未だ寝台で四肢を投げ出している娼婦の姿が過る。こんなことをしている場合ではないのにと思いつつも、シンドバッドの手を払うことも、逃げ出すことも出来ずにいる。 やはり、彼の言ったように気持ちいいことが好きだから、こんなにも欲に忠実になっているのだろうか。 寄り添うような背徳感と仄かな快楽。いつ起きても可笑しくない娼婦を背後に悦楽は増していくばかりだ。 この行為に愛はない。どこにもそれらしい感情はないし、シンドバッドに寄せるものは尊敬や憧憬といったそれだ。なのに、どうしてこんなにも焦がれるのだろう。 「……ん、ぅ……ッ」 ドロドロに蕩けた思考が、新たな快楽を拾い上げる。熱を帯びたそれは衣服越しからの愛撫だ。シンドバッドはキスを迫りながらなまえの体をまさぐっている。触られた箇所が疼くのは気のせいなどではないだろう。淫らな自身を内心で深く罵る。遠くのほうから快楽の渦に堕ちていく音が聞こえる。 「堪らないよ、なまえ」 「シンド…バッド、さま」 ――嗚呼、堕ちていく。 私の唾液を掬ってくれますか |