第13回 | ナノ

※転生ネタ


昼休みに入ると教室の中は一気に賑やかになる。私もいつも通り友達と机を向い合せに並べ雑談に花を咲かせながらお弁当を食べ始めた。

「ねえ、大丈夫?かなり眠いんじゃないの?」
「…大丈夫、じゃない…」

少しお腹を満たし始めると襲い来る眠気。今ここに枕があれば…いや、枕なんてなくても確実に眠れる。瞼も重くて半分しか持ち上がらない、きっと今の私の顔はとてつもなく間抜け面だ。

「午後も授業あるんだし保健室に行って寝てきたら?」
「んー…そうする。」

友達の言葉に甘え、まだ半分残っているお弁当を勿体無いなと思いながら適当に片付ける。

「あんた食い気より眠気だよね。けど本当に大丈夫?最近またひどくなってない?病院は?」
「行った…けど、どこも異常なしだってさ。」

そのうち眠り姫になっちゃうんじゃない?なんて冗談交じりで友達は言うけれど冗談では済まないかもしれない。それくらい私の眠気は異常だ。授業中や部活中は気力で持ちこたえて見せるのだが家に帰ると気が抜けて直ぐに眠りこんでしまう。以前、玄関で眠りこけている私を見た母親が危うく救急車を呼びそうになった。夕食だって食べるのが億劫で食べずに朝まで寝た事もある。睡眠時間は十分過ぎるほど確保しているのに気を抜くと眠気は所構わず襲ってくる。

「ねぇ、寝ても寝ても眠いって事は睡眠が浅いんでしょ?夢でも見てんの?」

何度目か分からぬ欠伸を溢しながら目覚まし代わりの携帯をポケットに入れていると目の前の友達が首を傾げる。

「うん、夢…だと思う。」

それは夢と言い切るには私にとってあまりにも不思議なモノ。夢であって夢でない、上手く言葉に表現できないが…そう誰かの記憶を疑似体験しているような、そんな感覚。それはとてもリアルで視覚・嗅覚・触覚といった感覚全てが刺激される。そして感情までもが揺さぶられる、彼によって…。

「…いつも同じ人が出てくるんだよね。」

時代錯誤な忍者の格好をした同い年くらいの男の子。薄灰色のぼさっとした癖毛に、まるで陽だまりの様な暖かく明るい笑顔が印象的な彼。どんな夢にも彼がいる。たとえば図書室のような所であったり、満開の桜の木の下であったり数えればきりがないけれど…どの場所にも隣には彼がいる。彼に名前を呼ばれただけでドキドキする、その笑顔に心が満たされる。夢の中の私…ううん、彼女は彼に恋をしている。そして、きっとこの感情を彼も持っている。言葉にしてはいないけれど両想いなのだ、そう感じる。
けれど、二人は告白のようにお互いの想いを言葉に出す事はないし触れ合う事もない。この時代の恋愛事情なんて知らないけれど、笑顔の下に狂おしい程の想いを隠しているなら…それが泣くほど辛いなら、伝えてしまえばいいのに。彼女の全てが分かる訳ではないから、私には何を戸惑っているのか不思議でならない。

「何かそれってさぁ、前世の恋人ってやつ?そんな話なかったっけ?」
「うわぁ、アンタ少女漫画の読み過ぎ!そんなのドラマや漫画の世界の話でしょ。」
「けど、あったら面白そうじゃない?」
「あったらって…実際にないから漫画やドラマのネタになるんじゃないの?」

考えに耽っているうちに友達の一人が興奮気味に話していた。当事者である私を余所に…いや、当事者でないからこそ盛り上がり始め、いつしか「夢に出てくる彼」=「前世の恋人」という結論に至ったらしい。結論も出たというのに引き続きこの話題で盛り上がる友達を残して私は教室を出た。
重い足を必死で動かし保健室に向かいながら先程の会話を思い出す。友達が言うようにこの夢が前世の記憶なのか、それは定かではない。そもそも何故こんな夢を見る必要があるのか…少女漫画好きの友達は「来世でも一緒になろうねって約束でもしたんだよ!彼を探せって事なんじゃないの?」なんて興奮していた。どこまで夢見る少女なのだろう。

「…生憎、私はそこまでロマンチストじゃないんだよね。」

思わず乾いた笑みが出てしまう。前世の記憶だか恋人だか何だか知らないけれど今の私の日常生活に支障をきたしてもらっては困る、大いに困る。盛大に溜息をついた途端、視界が歪む程の大きな眠気の波に襲われた。体のバランスがとれず壁に凭れ掛る。もうすぐ保健室だというのに足が動かない。

「───!」

そして聞こえてくる彼の声、いつもこの声によって夢の中へと強制的に引きずり込まれる。私の意思に反して、ゆっくりと瞼が落ちていく。何度経験しても冷や汗が頬を伝って気持ちが悪い。

「本当っ…勘弁して、よね…!前世だか知らないけど…今の私には…関係ないでしょうがっ…」

自分の体を支える事も出来ず私は倒れ込んでいった。瞼が閉じる間際、ひどく焦った形相でこちらに駆け寄ってくる男子生徒が見えた。あれは…確か、隣のクラスの…誰、だっけ?思い出そうにも深い水底に引きずり込まれるような感覚に私は意識を手放した。


曇天からはいつしか雨が激しく降り、木に力なく凭れ掛る私の体をも濡らしていった。体を伝い地面を濡らす雨に混じり体から流れ出ていく赤が妙に目に付く。もう感覚も麻痺している。何も感じないし視界も霞んでほとんど見えない。ゆっくりと確実に近付いてくる死を、瞼を閉じ受け入れる。忍びの道を歩む事を決めた時から、いつかこうなる事を覚悟していたから…。なのに、どうして?瞼の裏に見える貴方の笑顔に、その覚悟が揺さぶられる。貴方は今、どこに居るの?最後に会ったのはいつだった?

「…竹谷君、会いたいよっ…」

最後の力を振り絞って伸ばした右手は、彼に届くわけもなく無情にも地面に落ちた。


届かなかった筈の右手に感じる温もりに意識を浮上させると、ただ静かに涙を流す彼の姿が見えた。容姿は少し変わったけれど間違えるはずがない。ずっと探し求めていた竹谷君が居る。

「…やっと届いた…会いたかったよ、竹谷くん。」

嬉しい筈なのに涙が止まらない。きつく握り締められる右手を握り返し起き上がると今まで離れていた時間が少しでも埋まればいいと抱き合った。ずっと求めるだけで触れる事の叶わなかった温もりに触れながら私は震える唇をそっと開いた。

「私、竹谷君に会って言わなきゃいけないと思っていた事があるの。私…」

「言うな…!頼む、言わないでくれっ…」

私の言葉を拒絶するかのように私から距離をとった彼は酷く怯えた目をしていた。きっと彼は私が言わんとしている事を理解している。そして、その結末も…。

「やっと、やっと会えたんだ…!学園を卒業してからも気が付けばお前の事ばかり考えていた。会わなければ忘れられる、これ以上思わないでいられる…そう言い聞かせてたっ…けど無理だった。」

ああ、彼と私は同じ。ただの臆病者。自分自身の死は覚悟していたけれど、相手を失う覚悟なんて出来なかった。だから、お互い惹かれ合っていると確信しても、互いに牽制し一線を越える事はなかった。本心を偽り、自分とも相手とも向き合う事をせず、ただ逃げ回っていた。

「そんな時に三郎から聞かされた、お前が死んだって…信じたくなくて探し回った…!生まれ変わってからも、この記憶を頼りに何度も何度も探し回ったんだっ!」

強い後悔を残した彼と私、その思いが歪んだ転生を生んだ。本来あるべき転生の形から逸脱し新しい肉体、人格に産まれ変わっても過去の記憶が鎖のように纏わりつき新たに与えられた命を全うに生きる事が出来なかった。このままでは、いつか魂そのものが消滅してしまうかもしれない。そうならない為に私は言わなきゃいけない。

「やっと会えたんだ…だから頼む、言わないでくれ。言ってしまったら俺達は…!」

消えてしまうんだぞ、その最後の一言は消え入りそうな程に弱々しい声で呟かれた。過去の強い後悔によって彷徨う私達は想いを遂げたら消えてしまう。そうなる事を覚悟していた筈なのに彼の言葉が痛いほど私の胸を締め付ける。

「けど駄目なんだよ。もう逃げてちゃいけないの。」

涙に濡れる彼の頬を包み込み、未だ怯える目をした彼と自分に言い聞かせるように呟いた。その言葉に彼はきつく唇を噛む。

「このままじゃ私達あの時と何も変わらない。今ここで変わらなきゃ、いつか魂そのものが転生出来なくなってしまう。どの道、消えてしまうんだよ?私達は。」
「…なまえ…。」

私達は既に過去の存在、今を生きる肉体と人格に縋りついていては駄目なの。そう言って強く噛み過ぎて色を失いつつある彼の唇に触れる。きっと彼だってこんな事言わなくても分かっているはず。足りないのは覚悟だけ。彼は私なんかよりずっと失う事の辛さを知っているから。

「竹谷君、今度は一緒だから…ね?」

もう貴方を置いていったりなんかしない、その想いと共に彼を抱き締める。少しの間を置いて彼の腕が背中に廻る。これが彼の答えなのだろう。これで自分の気持ちを偽るのも逃げ回るのも終わり、私達の全てが終わる。これで良かったのだと言いきってしまう事は出来ないけれど、これが私達に出来る最善なのだと思うから。

「竹谷君…誰よりも貴方の事をお慕いしております。私の全ては貴方のものです。」

際限なく溢れ出す貴方への愛は言葉だけでは足りない。少しでも多く伝わるようにと精一杯笑顔を浮かべた。彼は私の名を呼ぶと私の一番好きな陽だまりの様な笑顔を見せてくれた。

「俺もなまえの事が好きだ。俺が傍に居たい、居て欲しいと願うのはなまえだけなんだ。愛してる。」

初めて触れる彼の唇、其処から想いの全てが伝わる。何度も唇を重ねながら今まで言わないでいた分の愛の言葉を囁き合う。思考の片隅でもっと早くこうしておけば…とも思うけれど、そんな考えもこうして彼と触れ合える幸せに掻き消されていく。同時に意識が遠のいていくのを感じた。最後の最後まで彼を忘れないようにと、きつく抱き合ううちに私達の意識は溶けて消えていった。


「              」


頭の中で誰かの声が聞こえた気がした。

「あら、起きたのね。気分はどう?」

目を覚ますと保健室の天井と私の顔を覗きこむ保健室の先生が見えた。今までにないくらいに頭がすっきりしていて、眠気もすっかり消えている。そんな感覚に驚きながら起き上がるとベッド脇のパイプ椅子に腰かけてベッドに突っ伏している男子学生の姿が見えた。

「ああ、その子が運んでくれたのよ。教室に戻るように言ったんだけど心配だから見てるって聞かなくて。もう午後の授業が始まるわ、遅刻しないようにね。」

そう言うと先生は保健室から出て行った。そして未だにピクリとも動かない彼に視線をやる。なぜ彼と右手を繋いでいるのだろう?疑問に思うものの不思議と不快感はなく彼の寝顔を覗きこむ。私を運んでくれた人を放って授業に出るほど薄情者でもないので、軽く肩を揺さぶると彼が起きた。まだ寝惚けているのだろう、そんな彼の姿が可愛らしくて思わず頬が緩む。

「そろそろ昼休み終わるから起きた方がいいよ。それと此処まで運んでくれてありがとう。」
「ん…ああ、それより大丈夫なのか?気分悪くないか?」
「うん、お陰様で。」

寝癖のついた髪を直していると、しっかり覚醒したらしい彼と目が合った。が、見る見る間に彼の表情が焦ったものへと変わっていく。

「なっ、なに?どうしたの?」
「どうしたの?は、お前の方だって。まだ気分悪いんじゃねえか?」
「え?どこも悪くないし、むしろスッキリしてるくらい。」
「いや、だって泣いてるから…」

彼に言われて初めて自分が涙している事に気付いた。ぽろぽろと勝手に零れる涙に混乱していると目の前の彼も同じように涙で頬を濡らしている。どうやら彼も気付いたようで訳が分からないと乱暴に瞼を擦る。二人して何とか泣きやもうとしてみたものの、この涙を止める術はなく諦めた私達はベッドに並んで座り一頻り泣いた。
泣き過ぎて目の奥が痛い。ふと顔を見合わせるとお互い瞼が腫れぼったくて鼻先まで赤くなっている。その光景がなんだか可笑しくて声を上げて笑い合った。何がどうして、こんな状況になったのかは分からないけれど彼の隣りは居心地がいいと素直に感じた。それから私は、あの夢を見なくなったし夢の内容も時間が過ぎると徐々に忘れていった。
最後に彼女が何か言っていたけれど、それももう思い出せない。


(さようならをもう一度  ─ 偽っていたのはお互い様 ─)

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