ふわりと広がるドレスを身に纏い、小さいけれど綺麗に咲き誇るミニブーケを手に持つ。全ての準備が整い椅子から立ち上がると周囲から感嘆のため息が聞こえた。 「とても綺麗ね、なまえ」 「おめでとう」 「…ありがとう」 友達や先輩、後輩からの祝いの言葉に、笑顔を浮かべて対応する。幼いころからの夢だったウエディングドレスをこんな気持ちで着ることになるとは思いもしなかった。大好きな人と恋人になり、夫婦となる。それを信じて疑わなかった私は子供だったのだろうと今更ながらに実感した。 傍らに立っている本日の主役の一人―――新郎は、普段と変わらない表情で私をみつめた。 新郎である赤司は真っ白なタキシードに身を包んでいて、お世辞抜きで格好良かった。この人が、私の夫となる人。随分前から何度もそう考えていたけれど今日になっても今だ実感がわかなかった。 「似合っているな、なまえ」 「ありがとう赤司」 「あらあらなまえちゃん、あなたも今日で赤司になるのよ?」 「…そう、でした」 周りからの微笑ましい視線が苦しい。だけれど失敗するわけにはいかないのだ。本当の気持ちを必死に胸の中に抑えて、幸せといわんばかりの微笑みを浮かべる。周りの人はそれに騙されているけれど、ただ一人赤司だけは私の心を見透かしたような目をしていた。 「もうすぐ時間ですよー!」 「…行くか」 赤司が差し出してくれた手に自らの手を重ねる。何度も重ねて握り締めてきた手とは異なる少し冷たい手だった。そしてふと温かくて太陽のような彼を思い出して、私は少しだけ泣きたくなった。この手を振り払い他の誰かに抱きつくことはもう出来ない。私は今日赤司と結婚するのだ。覚悟を決めて私は赤司の手をそっと握った。 歩いている途中にキセキの世代の皆に会った。様々なことがあり大人になった彼らは今なお仲が良い。主将であった赤司の結婚式に呼ばれるのはもはや当然だった。 「よく来てくれたね」 「当たり前じゃないですか」 「来ないわけがないのだよ」 黒子くんと緑間くんの言葉に、赤司はそうかと答えた。心なしか表情が先ほどより柔らかい。 青峰くんの隣にいたさつきちゃんは目をうるうるとさせていたかと思えば急に抱きついてきた。 「なまえちゃん!幸せになってね…!」 「ありがとう、さつきちゃん」 一人一人からお祝いの言葉をもらい、少しずつだが結婚するという実感がわいてきた。そして最後に向き合った一人を見た瞬間、私は駆け寄りたくなるのを必死でこらえた。 「赤司っち、なまえっち。結婚おめでとう」 「ありがとう涼太。忙しいのに来てもらって悪いな」 「そりゃ二人の結婚式なら何を置いても駆けつけるっスよ。当たり前じゃないスか!」 「…ありがとう、黄瀬くん」 別れた恋人を目の前にして普通に目を合わせて会話することができたのは奇跡だった。彼は心の底から結婚を祝福してくれているような満面の笑みを浮かべている。ただ、目を合わせることがなくても気持ちがお互いにわかってしまうのは付き合いの長さのせいだろうか。涼太の悲しげな顔が一瞬見えた気がして、私は叫びたくなった。違うの、違うのよ。私はまだあなたを愛しているの。そう言えたらどんなに良いか。しかし今の私の手は彼ではない別の男の人に握られ、一時間後にはその人に永遠の愛を誓っているのだ。この期に及んで涼太を愛しているなんて言えるわけがなかった。 「じゃあ僕たちは行くよ。また後で」 赤司に連れられてその場を後にする。後ろでは今だ賑やかに会話が続いていた。 *** 式が始まり、バージンロードを父親と腕を絡めて歩く。参列者は皆微笑ましそうに見ているか涙を浮かべているかのどちらかで、父親は既に涙を流していた。 少しばかり歩いた後、父親から赤司へと相手を変え更に前に向かう。 すると、視界の端で金色の髪が見えた。何とも言えない表情をした彼は参列者の中では少し目立っている。抑えていた気持ちがぐらりと揺らいだ気がした。 「…なまえ」 傍らの赤司に名前を呼ばれて我にかえる。誓いの言葉になったようだ。 「汝、みょうじなまえは健やかなるときも病めるときもこれを愛し、これを敬い、死が二人を別つまで夫婦であることを誓いますか?」 はいと答えた瞬間、私はその罪の重さを悟った。神の前で嘘をつくことはとても罪深いことであるとわかっている。しかしそれでも自分の気持ちそのままに誓いを立てることができるはずもなく、嘘偽りの誓いを立ててしまった。そんな自分が悔しくて悲しくて、赤司にとても申し訳なくなった。 「では、誓いのキスを」 牧師の言葉の従って赤司と向き合い、彼がベールを上げるタイミングに合わせて顔を上げる。向き合った赤司はいつも通りの無表情だった。 「…愛しているか?」 ふと呟かれた小さな言葉。驚いていると、赤司は答えを促すかのように軽くうなづいた。考えるまでもなく彼の言葉の真意に気づいた私は涙をこらえて笑顔を向けた。 「愛してる」 そうかと赤司は呟いてゆっくりと顔を寄せた。ごめんなさい赤司。この罪は私一人の物だからあなたには迷惑かけないようにする。だから私が涼太を愛していることを許して。離れていても心の奥底で静かに想わせてちょうだい。 互いの唇が触れ合った誓いのキスは涙の味がした。 「それならニ番目に愛してくれればいい」 |