第13回 | ナノ

「及川のものになりたいな」


 ちょっとコンビニに寄りたいな、くらい自然に“数ヶ月前はカノジョだった”女の子がそう言うので、俺はただなにも躊躇せずに「いいよ」と言って、埃をかぶった本ばかりの図書室の隅っこで彼女を汚した。きっと純粋な気持ちなんてどちらにもなかったけれど、まあ、男というのは不利な生き物だ。肉体的に優勢とはいっても、女の子というひどく賢い生き物に勝る点はそこだけ。ひとつの遊びみたいに手荒く身体を貫いたりしたら、レイプだのなんだのと後々難癖をつけられてコトが大きくなる可能性だって、一応なくはない。

 電車での痴漢とかと同じだと思う。女の子が触られたのだと被害者ヅラし裁判沙汰になれば、たとえ本当に身は潔白だったとしても、訴えられたその男の勝率は0.02%ほどだと聞いたことがある。明確な証拠なんかなくたって、女の子は色んなものを武器にする。真実だって歪められる。そんな薄暗い女の子の性質を冷静に考えながら、俺の手は欲に忠実に的確に、女の子を責め立てて煽る。きっと愛もなんにもないけど、そもそもこの子の心の中なんてよく分からないけど、女の子のからだであることに変わりはなかった。柔らかくて脆くて、吐きそうなくらい甘ったるい。

 そういうわけだからこの行為だって、たとえ同意の上だったとしても、最中にこの子に「ひどくしていいから」なんて言われたとしても、そうすべきではないのだ。そんな風に思って、自分自身のために、優しく抱いただけ。こっちだけが気持ちいい行為でなく、女の子の方にもある程度の気持ちよさを分け与えてあげただけ。





「及川、どうもありがとう。今日のことは忘れるね」

 彼女はゆるやかな笑みをつくって俺にそう言った。行為が終わってすぐに、制服のシャツのボタンをゆっくりと止めながら。羽が風で滑ったような、軽くて軽くて、すぐに吹き飛ばされそうな声だった。そう言えばキッカケになったさっきの言葉も、そんな感じだったように思う。俺はなんとなく言葉を飲み込んで、自分が今汚したばかりの、“数ヶ月前はカノジョだった”女の子がきれいな白に包まれ塗り替えられるさまを、ぼんやりと眺めていた。




 きっと、賞味期限ぎれのセックスだった。お互い初めての行為なんかじゃなく、かといってそれ自体が美味しくないわけじゃない。あの子に恋人がいたという噂を耳にしたとき、さて自分たちがしたあれは浮気になるのか、それとも別れた鬱憤を晴らすために前の前のカレシである俺のところへやってきたのかと、数秒ほど考えた。俺たちがからだを繋げたのは俺たちしか知らないのだから、真相はあの子にしか分からなかった。そうしてすぐに、考えるのをやめた。




「彼氏と、別れちゃったんだってね」

 この間と同じ、埃くさい図書室のすみっこ。なにかするための半透明な空気ではなく、ただのお喋り。女の子は目を細めて「うん」と笑った。どうして笑うんだろう。俺はたぶん失恋したことがないからよく分からなくて、思わず首をかしげた。

「あんまり好きじゃなかったんだ」
「その男を?」
「ううん、その男の子が、わたしを」

 口元に浮かんだままの笑みは、だんだんと綺麗に思えてくる。まあ、この間の乱れて汚れたときの表情の方が、何倍もきれいだったけど。
 賢い生き物の考えていることを理解するのは難しい。ただ、かわいらしい女の子が失恋したことをなんとなく喜んでしまっている自分は大層性悪だということは分かったし、自分のかさぶたに彼女が潜んでいることにも気付いていた。男は俺も含めて、単純ないきものだ。たかが一回肌を重ねただけだというのに、簡単にやみつきになる。


「俺がさ、もう一回彼氏になりたいって言ったらどうする?」


 彼女は初めて切なそうなカオをして、睫毛を震わせた。他人の傷をぐずぐずと抉り続けるのは昔っから得意で嫌になる。女の子はやわらかくてもろくて甘ったるい。彼女も例外ではなくて、ピンクを通り越してもはや紫色に染まったように感じるこの空間に、彼女を組み敷いた。


「ごめんなさい、って言うよ」
「だと思った」
「だって及川、馬鹿だからさ」
「……そうだね。ごめんね」


 この間よりももっともっと優しく口付けた。なくしたものはもう二度と手に入らない。彼女の中で俺は過去の人間で、俺にとって彼女はたったいま恋をした女の子だから、これはとんでもなくみじめなすれ違いだ。俺を本当に好きになってくれていた彼女と、彼女を今さら好きになった俺が、どうやって両思いになると言うんだろう。
 この子を優しく抱くことへの言い訳、さんざん頭の中でつらつらと描いたあの冷めたエピソードたちを、どうしてか少しも思い出せない。冷静さを欠いているこんな指先では、彼女を怖がらせることになるかもしれない。手に入れられないならいっそ、手酷くしてしまおうか。


「及川」
「……なぁに」
「ひどく、していいから」
「…………やだよ。レイプだなんだって訴えられたら、男は勝てないもん」


 ああそうだ、そういえばそんなことを考えていたはずだと、言葉にしてから思い出した。彼女はくすりと穏やかに笑ったから、きっと俺の言い訳には気付いているんだろう。女の子という賢い生き物には、どうやったって勝てやしないのだ。

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