第12回 | ナノ

赤司の家に入ると、木造建築の良い香りがした。
ここは自分の家ではないと言うのに、何故か心が落ち着く。普通の人なら緊張してしまう豪邸でも、木の香りが緊張を和らげてくれるのかもしれない。

「着いてきて、なまえ」
「あ、うん」

先導してくれる赤司に着いていくのはもう何回目だろうと、私はふと考えた。私自身が方向音痴ではないのに何度来ても覚えられない赤司の家は、きっと迷路のような設計だと断言できる。何回も角を曲がり、赤司の部屋にようやく着いたのは、家に入ってから五分後のことだった。

「ちょっと待っててくれるかい?」
「わかった」

部屋に着くなりまた出ていってしまった赤司は、きっと自らもてなしてくれるつもりなのだろう。私が遊びに行くと、彼は家に使用人がいるにも関わらず自らお茶を運んだりしてくれた。今日もそうに違いない、と考え、遠慮なく寛ぐことにする。

部屋を見渡してみるが、前回遊びに来た時とほとんど変化がなかった。沢山の本を入れた本棚に、勉強机。クローゼットに、ベッド。そして多分、私のために出された小さな机。余分なものは何一つなく、シンプルにまとまっている。

すると、背後で扉が開いた音がした。振り向いたら案の定お茶を持った赤司がいた。

「待たせたね」
「ううん大丈夫。ありがとう」

赤司からそれらを受け取り、とりあえず机の上におく。二人で向かい合って座ると、まったりとした空気が流れた。

「赤司の家に来るのも、随分と久しぶりだよね」

赤司の家は東京にあるが、赤司自身は今京都で寮生活を送っている。今日は珍しく赤司が帰省していたため、遊びに来たのだ。
赤司は微笑みながら、答えた。

「そうだな。最近はなかなか休みがなかったから。なまえはどうだった?」
「私?私はあんまり変わりのない生活だったよ。強いていうなら、バスケ部に絡まれたことかな」

私がそう言った途端に、赤司は眉を寄せた。その様子を見て自分の失言に気付き、慌ててフォローを入れる。

「いや、絡まれたっていっても赤司の彼女っておまえなのか、ぐらいだから。そんなに気にするほどじゃないよ」

私が通う誠凛のバスケ部は、みんな温かくて面白い人ばかりだ。それに誰もそういう目で見てこない。中学のときから私が赤司と付き合っていることを知っている黒子君がいるからかはわからないけれど、とりあえずそういう問題がないことは断言できた。
しかしフォローを入れたにも関わらず、赤司の機嫌は直らない。

「それでも、なまえに手を出す奴は許さない」
「いや、だからそんなに大事じゃないよ。バスケ部の人たちは友達だから。ね?」

私が必死にそう言うと、赤司は少し不満そうな顔をしながら渋々うなづいた。
それからしばらくお互いの近況を話していると、気がついたときには既にニ時間近く経っていた。

「あ、もうこんな時間?」
「早いな。まだなまえが来たばかりのように感じる」
「私もだよ。でも、遅くなったら迷惑だし、今日はもう帰るね」

鞄を手に持ち、そう告げると、赤司は突然私の腕を掴んだ。驚いて赤司の顔を見ると、真剣な赤い目が私をみつめていた。

「いや、ちょっと待ってくれ」
「赤司?」
「渡したいものがあるんだ」

赤司が、渡したいもの。それが一体何なのか想像がつかなくて、私は首をかしげながらも頷いた。
赤司は勉強机に近づくと、一つの引き出しを開けた。中から取り出したのは黒い布の袋だった。
目の前に差し出され、促されるままそれを受けとる。それは見かけによらず、思ったよりも重かった。

「開けていい?」

赤司が頷いたことを確認して、私はそれを開く。中から出てきたのは大きな瑠璃色の宝石がついたネックレスだった。思いがけないプレゼントに、それを慌てて赤司に返そうとする。

「も、もらえないよ!こんなに高価そうなもの…」

雑貨屋さんで売っているようなネックレスなら、受け取れる。しかしよく考えたら赤司がそのような場所でネックレスを買うわけがない。もっとよく考えてみるべきだった。
しかし赤司は受け取ってくれなかった。

「なまえにもらってほしい。それは赤司家に代々伝わるもので、とても大切なものなんだ」
「だったら尚更…」

赤司の言葉通りのものなら、これは家宝ということだ。付いている宝石が高価であるからもらえないと思っていたのに、それ以上の価値があるなら尚更受け取れない。
赤司は差し出した私の手を袋ごと自分の手で包み、私の方に戻した。赤司の赤い目が私をみつめる。

「僕がなまえを選んだ」

どくんと心臓が動いた気がした。そんな言葉、ドラマとか本の中でしか聞いたことない。そして、わざわざそれを言うということの真意に気づかぬほど、私は馬鹿ではなかった。
何故赤司は自分を選んだのだろう。ぼんやりとそう考える。自分が優れた人間であるとはどうして思えなかった。対して美人でもない。なのに何故、彼は私に贈ろうとするのだろう。

「これはラピスラズリという宝石で、色々な宝石言葉がある。色々な言葉の中でも特に「聖業」という言葉が、赤司家の更なる発展を助けると言われている」
「そうなんだ…」

代々赤司家の発展を支えてきたその石は、まるで沢山の人の思いを全て詰め込んだかのように重い。
赤司にぴったりな石だと思った。多くの責任や期待をその背に背負いながらもなお、頑張り続ける。否、彼はそれを努力と考えたことは無いのだろう。ただ、為すべきことをしているだけ。石はきっと、そんな彼の支えになるに違いない。
それを何故、私なんかに。そう言いたいのがわかったのか、赤司はふっと微笑んだ。

「ただ、僕はそれだけでこれをなまえに贈ろうと思ったわけじゃない。確かにこれが赤司家の家宝だと僕は言った。言いたいことはそれだけでわかってくれるだろう?」
「わかってる、けど…」

私が受け取ってしまったら、もう赤司は後には引けない。だって受け取ってしまったら最後、私はそれを手放しはしないだろう。それは赤司の運命を縛るということだ。
本当に、わかっているの? そう言いたげな私を見て、何故か赤司は満足そうだった。

「ずっと、だ。なまえ」

どうやら彼は本当にわかっているらしい。それを確かめることができれば、私の答えは決まっていた。
―――――きっと、この選択は間違っていない。

「ずっと、赤司の隣にいるよ」

そう言った私の首に、赤司はゆっくりとネックレスを付けた。赤司の瞳の色とは正反対の色をしたその宝石は、私の胸元できらきらと輝いていた。

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