寒い。 時折吹き抜ける十一月の夜の風に街路樹がさわさわと葉を鳴らすだけで、あとは二人分の足音が、狭くはない、石畳の遊歩道に響いている。 並んで歩く人影は、リヴァイとわたしだけだった。 「大丈夫か。寒くないか」 唇の端から白い息をこぼしながら、リヴァイがわたしの手袋を嵌めた指先をきゅ、と握った。彼にしてはずいぶん手加減したであろうその優しい感触に、微笑んで答える。するとリヴァイも安心したように眦の皴を弛めた。 リヴァイの子どもをわたしが身籠って以来、もともと優しかった彼は、更に細かな配慮をくれるようになってしまった。まるでわたしが、繊細で壊れやすい、硝子細工か何かと勘違いしているのではないか、そう思ってしまう程に。 夕食後の散歩と称してわたしたちは家を出たのだが、それもリヴァイの心配性に拍車を掛けてしまったようだ。道の脇にベンチを見つけると、彼はわたしの手を引いて其処まで歩いて行く。 夜の冷気に冷えたベンチに腰かけると、少し膨らんできた下腹部の重みをより感じた。そこだけふっくら盛り上がったコートの上を、隣に腰掛けたリヴァイの骨ばった手が滑っていく。 さらさらした黒髪がわたしの額にかかって、白い綺麗なこめかみに鼻先が触れる。体毛の薄いリヴァイのこめかみにはもみあげが見当たらない。そのあたりの清潔な見た目が、彼の潔癖性を表現する一片だと思う。 もう片方の彼の腕は、そっとわたしの肩を抱いていた。温かな息遣いを感じる。心の芯からじんわりと広がる、穏やかな気持ち。 わたしのお腹を撫でる、傷痕の耐えないリヴァイの手に、手袋を嵌めた手を重ねる。ぬくもりを分け与えるように。 リヴァイの子どもを孕んだわたしのこの両手は、ついに、ただ彼を愛し、彼の愛を受けとめるためだけの物と化してしまった。 これでよかったのだろうか。 疑問は拭えない。わたしの手についた傷痕を眺める度に甦るのは、微かな痛みを伴った、古い記憶だ。 怒号と悲鳴、何かが引き裂かれる音。 今でもたまに、夢に見て、涙と一緒に目覚める。それはリヴァイも同じだった。わたしの指先を握りしめ、唇を強く噛んで悪夢に耐える姿を、何度も見て来た。 喪った仲間たちの記憶は薄れて行く。笑い合い、励まし合った日々もすべて、遠くへ。 どんなに強く彼らの事を想っても、それは変わらなかった。取り戻すことも、やり直すこともできない。たとえわたしたちが生を受け直したとしても、それは変わらなかいだろう。 リヴァイと過ごしたこの日々も、いずれ。 「……みょうじ。大丈夫か」 リヴァイはわたしの顎に手を添え、頬の輪郭を親指で辿る。 彼の存外、長い睫毛に縁取られた静かな瞳にひらめく光を見た気がして、そんな沈鬱な思いに浸るのは止そうと、ふと思った。 目を伏せれば、ちゅ、と濡れた音をたてて、リヴァイの唇がわたしのそれに触れた。 彼は進み続けなければならない人だ。永遠に癒えることのない、身を裂くような悲しみにもがき苦しみながらも、喪った彼らの為に進み続けなければならない。 だから、もう止そう。わたしまで亡くしたものを惜しんで、嘆くのは。 リヴァイがいてくれれば、わたしはもう、それでいい。つきまとう怒りと悲しみと痛みと、二人分のそれらもわたしが全部引き受けて、包むように愛せばいい。新しく生を受けた子どもと一緒に。 わたしたちの両手は傷だらけだけど、お互いと、そして子どもを守ることはできるのだ。 休憩を終えて、リヴァイとわたしは再び歩き始めた。帰ったら、お風呂に入ろう。 そう言うとリヴァイは、少しだけ嬉しそうに頷いた。 月にかかっていた雲が晴れたのか、ささやかな月明かりが遊歩道に落ちる。 その中でリヴァイの影が揺れている。今日という日限りのそのゆらめきを、目蓋の裏に留めておくべく、わたしはそっと瞠目した。 |