今年も初雪は少し遅めだった。12月という事でクリスマスだなんだと街は徐々に活気づき始め、イルミネーションの点灯式もどこかで行われているらしかった。 そんな街中を友人とたわいもない話をしながら歩いていると、駅前の液晶に彼が映った。笑顔も相変わらずで、歌も元気いっぱい。昔と何も変わってはいない。 変わっているといえば、 「あっ!あれ、アイドルの一十木音也だよね!?私大ファンなの!」 「あーっ、私もーっ!」 ――こうして、彼の名を皆が知るようになったことだろうか。 音也は同じ施設で育った仲間、家族だ。私より一つ年上だったから、お兄さんのように慕っていた。歌も毎日のように聴いていたし、あの笑顔も毎日のように見ていた。 それが今となってはこんなにも、遠い。 「あれ、なまえ、どうしたの?」 「ううん、何でもないよ。私も大ファンだから、見とれちゃっただけ」 「なまえもだったの?やっぱりいいよねー、元気いっぱいだし、笑顔とか最高!」 熱く語る友人を見つめながら、しかし意識は過去にあった。 施設に来た当初は誰も信用出来なかった私に、彼はあの笑顔を向けてくれた。何度睨みつけても近寄ってきてはたくさんの話と歌を聞かせてくれた。 音也は、私の世界そのものだった。 アイドルになると言って学園に入学してからもたまに手紙や電話もくれたし、会いにも来てくれた。そのたびに学園での生活の話や、夢の話をたくさんたくさん聞かせてくれた。 《寮で同室の奴が――》 《クラスで仲良くしてる奴が――》 《この前の文化祭でさ――》 私の世界は彼の話一つでどんどん広がっていく。 私の気持ちは彼の笑顔一つでどんどん晴れていく。 時の流れが憎くなるほどに、音也と過ごす時間は楽しかった。 彼が来なくなった、少し遅めの初雪が降った12月だっだろうか。私はふと気付いた。気付いてしまった。 私、音也のこと…好きだったんだ。 「って、ちょっ、なまえどうしたの?!」 「えっ?」 友人の声が過去に埋もれていた意識を引き上げる。 「画面見つめながらいきなり泣くんだもん、びっくりするじゃん。大丈夫なの?もしかして、なんかあった?」 心配そうに言う友人の言葉で初めて、自分が泣いていたことに気付く。 叶うことのない、恋心。 彼はアイドルで自分はファン。その関係性の上を行く事は絶対あり得ないし、あり得てはならない。 音也が必死になって掴んだ夢を、潰すわけにはいかない。 「音也の歌に感動した」 「えっ、マジ?」 「うん。本当いい歌だよねー」 叶わないならいっそ胸の奥に閉じ込めて、二度と表には出さぬように。ひっそりとしまい込んで、二度と泣くことのないように。 私は小さく息を吐いて、一歩を踏み出した。 初雪は、まだ止まない。 |