「真ちゃん、」 その名を呼ぶとさっきまで楽しそうに細めていたみょうじの瞳が揺れる。 俺はもう一度、真ちゃん、と斜め前の席で静かに座る親友の名前を呼んだ。 「真ちゃん、次数学だっけ。確か俺順番的に回ってくるよな。」 「知らん。」 「うっわつめてーなぁあもう。」 俺が大げさに嘆くとみょうじがまあまあと笑顔のまま宥める。申し訳程度に受け答えをした親友は勿論振り替えることもなく日課の爪磨きをしている。 俺の何気ない一言であからさまに狼狽えているみょうじを悟られぬように伺った。 透き通ったように綺麗な肌はほんのり桃色で、いつもは真っ直ぐに捉える強い目線もゆらゆらと泳いでいる。 意識というものが目に見える存在ならば完全に背中の方へ持っていかれているんだろう、そう思った。 「…なまえちゃーん。」 「なに急に気持ち悪い。」 「そんな冷たいこと言うなよ〜。なあなあなまえちゃん今数学とかする気分じゃねえ?」 「…もしかして宿題してないの?」 「うん!」 「もう、」 仕方ないなぁ。そう言ったみょうじは先程まで借りていた椅子から立ち上がり、自分の席へと戻っていく。休み時間が終わるまでまだ少しはある。うん大丈夫、まだ繋いでおける。俺はその小さな背中を見つめて誰にもきづかれないようにそっと唇を噛んだ。 興味のない素振りで緑色の頭が俺と同じ方向へ傾いているだなんて、とっくの前から知ってる。 * * * 「和成、」 名前を呼ばれてハッとした。 いつの間にか終わっていたDVDはメニュー画面に戻って静かなサントラのBGMを奏でている。 隣で腰掛けていたなまえが不思議そうな顔で俺を見上げているから、なんでもないとだけ伝えて肩をそっと寄せた。 「眠かった?」 「んーまあちょっと、な。」 「ごめんねせっかくのお休みに付き合わせちゃって。」 「謝る必要ねぇって。ちょっとボーッとしちゃってただけ。」 「そっか。」 そう言ってなまえはふにゃりと顔を緩めて笑顔になる。幸せに溢れた、俺の大好きな表情だ。お互いの左手にはめられた指輪が部屋の明かりでキラリと優しく反射して、俺の右手となまえの左手がゆっくりと慈しみを含めて絡まる。 静かな空間にはありったけの幸福が広がっていく。 「今日ご飯何にしよっか。」 「なまえが作るのならなんでも。」 「それが一番困るの!」 「じゃあー…、」 なまえ。と冗談半分で耳元で囁けば真っ赤になって馬鹿じゃないのと吃るなまえが可愛くて口許がゆるゆるになってにやける。本当にいつまで経ってもウブで初々しいなまえは無垢で馬鹿で心底いとおしい。 なまえが俺を見るその顔こそが親友を見つめていたあの頃と重なり、そして高校生の俺にとっての絶対だった親友の顔を思い出させる。 俺は初めて見た時からなまえが好きだった。 なまえは緑間を初めて見た時から好きだった。 きっと緑間も俺がなまえを紹介したその時からずっとなまえを好きだった。 皆一目惚れをしてそれが初恋だった。 その感情を初恋だと気付いたのはただ一人俺だけ。 俺は、二人の恋に蓋をした。 「なまえ、愛してる。」 「私も愛してるよ。」 膨らみ始めたなまえの腹を壊れ物を扱うかのように触れて撫ぜる。 この中で俺となまえの愛し合った結晶が確かに息づき眠っているのだ。 なまえの愛情は紛れもない本物だ。 俺を好きになりそれを恋と知り愛に変わっていき、俺と確かめ合う。 俺が手を差し伸べ導いてきたなまえの今までもこの子が産まれてやって来るこれからずっと先も、全てが正しい現実になる。なっていく。 例え真実の想いを掻き消したとしても。 「なまえ、」 俺はお前が好きだ。 |